うちなあぐち日記

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2017年10月

 うん如(ぐとぅ)うし、ウランダア達(たあ)ぬ琉球(るうちゅう)んかい来(ち)ゃあに、何(ぬう)んくぃいん、見物(ちんぶち)さい、調(しら)びたいさるむぬやいびいしが、琉球人(うしなあんちゅ)ぬ実(じゅん)にぬ肝内(ちむうち)え、分(わ)からんたる筈(はじ)んでぃ、思(うみ)やびいん。
 うぬ訳(わき)え、後(あとぅ)からうぬきやびいん。

 儒教信(しん)じやあやたる尚敬王や毛遊(もうあし)び禁(し)じゆる触(ふ)りい出(んじゃ)さびたん。なあ村々(むらむあら)ぬ頭(かしあ)ん上(うゐい)からぬ仰(うゐ)し事(ぐとぅ)ぬ通(とぅう)い、二才達(にいせえたあ)んかい、言(い)い習(なら)あちゃむぬやいびいしが、かあま昔(んかし)らぬ慣(な)りやたる百姓(ひゃくしょう)二才達ぬ原遊びゆ取(とぅ)い締(し)まゆる事んないびらな、うりが琉球から無(ね)えらんなゆる事(くと)お無(ね)えやびらたん。

 何(ぬ)がんでえ、上(うゐい)から言(い)らっとおたる如(ぐとぅ)、原遊びや乱(みだ)り事(ぐとぅ)、あらんたる事お、自(どぅう)なあたあん、し来(ち)ゃる村ぬまぎい達(たあ)ん良(ゆ)う知(し)っちょおたる事やくとぅやいびいん。
 自(どぅう)ぬ親(うや、をぅや)ん達(ちゃあ)ぬそおたる原遊びぬ事、知っちょおたる一回(ちゅまあ)らし、しいざやる姉夫婦(あばあみいとぅんふぁ)ぬ話(はなしい)なかいん、猥(んじゃ)り事(ぐと)お、むさっとぅ無えらんたんでぃぬ事やいびいん。
 ちゃしっちい、言(い)ゃびいしが、シマぬ按夫婦ぬええずう達ん、エイサーぬ稽古(ちいく)終(う)てぃ後(あとぅ)、村ぬ遊(あし)び庭(なあ)於(をぅ)とおてぃ「原遊び」そおたんでぃぬ話(はなしい)ん聞(ち)ちゃる事(くとぅ)ぬなやびたん。

 うんなくんなぬ事なかい、昔ぬ村頭ん、村ぬ二才達んかい、強々(ちゅうじゅう)とお、言(い)いゆうさんたるばあやいびいん。
 やいびしいが、原遊びぬ戦(いくさ)終(うわ)てぃ直(ちゃあき)頃迄(ぐるまでぃ)、むとぅうち来ゃる実(じゅん)にぬ訳え、別(びち)にん、あいびいん。

【語句】
うん如うし、ウランダア達ぬ琉球んかい来ゃあに=このように、欧米人が来流し、
何んくぃいん、見物さい、調びたい=いろんなもんを、見物したり、調査したり、
さるむぬやいびいしが、琉球人ぬ実にぬ肝内え=したのでありますが、琉球人の本当の心は、非丁寧文「~むぬやしが」。
分からんたる筈んでぃ、思やびいん=理解できなかったのではないかと思います。非丁寧文「~思ゆん」。
うぬ訳え、後からうぬきやびいん=その理由は後日、言います。非丁寧文「~うんぬきゆん」。
儒教信じやあやたる尚敬王や毛遊び=儒教信奉者だった尚敬王は毛遊びを禁じる布令を
禁じゆる触りい出さびたん=禁じる布令をだしました。非丁寧文「~出じゃちゃん。
なあ村々ぬ頭ん上からぬ仰し事ぬ通い=各村の長も上からのご命令の通りに
二才達んかい、言い習あちゃむぬやいびいしが=若者らに教えたのであるが、
かあま昔からぬ慣りやたる百姓二才達原遊びゆ=はるか昔からの習慣であった平民若者らの毛遊びを
取い締まゆる事んないびらな=取り締まることもできず、非丁寧文「~事んならな」。
うりが琉球から無えらんなゆる事お無えやびらたん=それが琉球から消え去ることはありませんでした。非丁寧文「~無えらんたん」。
何がんでえ、上から言らっとおたる如=なぜかといえば、上から言われていたような、
原遊びや乱り事、あらんたる事お=毛遊びは風紀上の乱れなかった事は
自なあたあん、し来ゃる村ぬまぎい達ん=自分たちもやってきた村の大長・大物たちも
良う知っちょおたる事やくとぅやいびいん=よく知っていたからです。非丁寧文「~事やくとぅやん」。
自ぬ親ん達ぬそおたる原遊びぬ事、知っちょおたる=自分たちの親たちもしていた毛遊びの事を知っていた
一回らし、しいざやる姉夫婦ぬ話なかいん=一回り(12歳)年上の姉夫婦の証言でも
猥り事お、むさっとぅ無えらんたんでぃぬ事やいびいん=猥ら事は一切なかったとの事です。非丁寧文「~事やん」。
ちゃしっちい、言ゃびいしが、シマぬ姉夫婦ぬええずう達ん=ついでに言いますが、村の姉夫婦世代も
非丁寧文「~言しが」。
エイサーぬ稽古終てぃ後、村ぬ遊び庭於とおてぃ=エイサーの稽古を終えた後、村の公広場で
「原遊び」そおたんでぃぬ話ん聞ちゃる事ぬなやびたん=「毛遊び」をしていたとの話を聞くことができました。非丁寧文「~事ぬなたん」。
うんなくんなぬ事なかい、昔ぬ村頭ん、村ぬ二才達んかい=そんなこんなで、昔の村頭も若者らに
強々とお、言いゆうさんたるばあやいびいん=強くあたることはできなかったのです。非丁寧文「~ばあやん」。
やいびしいが、原遊びぬ戦ぬ終てぃ直頃迄=ですが、毛遊びが終直後まで
むとぅうち来ゃる実にぬ訳え、別にんあいびいん=続いてきた本当の理由はほかにもあります。非丁寧文「~別にんあん」。

 ギルマード(ギヤマード)ぬ那覇港(なあぁ)まんぐらんじ、見(ん、ん)ちゃるむぬお、毛遊(もうあし)びがやたら、あらんでえ、別(びち)ぬむんがやいびいたら。節(しち)え、雲(くむ)ぬ様子(ようし)から夏(なち)、時(とぅち)え夕(ゆう)さんでぃ。
 所(とぅくる)お、奥武山(おおぬやま)、走(は)い過(くぁ)あちゃる所やれえ、豊見城(てみぐしく)城(ぐしく)まんぐらあ、あらんがあいびいたら。
 ギルマードぬ思(うむ)とおたんねえぬ御願事(うぐぁんぐと)お、あらんたる事(くと)お下(しちゃ)ぬ事(くとぅ)考(かんげ)えいねえ、分(わ)かやびいん。
 琉球(るうちゅう)んじえ、御願事お、夏(なち)やれえ、まあふっくぁんじさんむんやい、太陽(てぃいだ)ぬ下(さ)がゆる時分(じぶ)ぬんじんさびらん。
 いいくる、若昼間(わかふぃるま)迄(までぃ)なかいや、済(し)まする慣(な)りいぬあいびいん。
 また、御願事んじえ、*「踊(をぅどぅ)いさあ」や、一人(ちゅい)なあがあるうせえ、さんむんやいびいん。若(む)しか、花生ちいんでぃん思(うま)ありやびらん。何(ぬ)がんでえ、花生ちいやれえ、墓庭(はかなあ)んじすぬむぬやくとぅやいびいん。
 男(ゐきが、いきが)ぬ三味線(さんしん)、弾(ふぃ、ひ)ちゃあやれえ、*舞(も)うやあ、女(ゐなぐ、いなぐ)んでぃち、思(うま)ありやびいん。
 うっぴ小(ぐぁあ)ぬ記事(ちじ)どぅやいびいとぅ、毛遊びやんでぃちぇえ、しかっとぅ、言(い)い切(ち)ららのおあいびいしが、色々(いるいる)、考(かんげ)いえねえ、あぬ眺(なが)みえ、ちゃあそおてぃん、毛遊びそうなむぬおあらんがあらんでぃ思(うむ)やびいん。

*むしか御願事やれえ「踊いさあ」、毛遊びやれえ「舞うやあ」。
 
【語句】
ギルマード(ギヤマード)ぬ那覇港(なあぁ)んじ=ギヤマードが那覇港付近で
見ちゃるむぬお、毛遊びがやたら=見たも毛遊びだったのか、
あらんでえ、別ぬむんがやいびいたら=あるいは、別のものだたのでしょうか。非丁寧文「~むんがやたら」。
節え、雲ぬ様子から夏、時え夕さんでぃ=季節は雲の様子から夏で、時は夕方
所お、奥武山、走い過あちゃる所やれえ=場所も奥武山を通り過ぎた所なら、
豊見城城まんぐらあ、あらんがあいびいたら=豊見城城付近だったのではないでしょうか。非丁寧文「~あらんがあたら」。
ギルマードぬ思とおたんねえぬ御願事お=ギルマードが思っていた宗教儀式では
あらんたる事お下ぬ事、考えいねえ、分かやびいん=なかった事は、以下を考えればわかります。非丁寧文「~分かゆん」。
琉球んじえ、御願事お、夏やれえ=琉球では宗教儀式は夏なら、
まあふっくぁんじさんむんやい=日差しの強い真昼の炎天下ではやらないものであり、
太陽ぬ下がゆる時分ぬんじんさびらん=日が沈む時分でもしません。非丁寧文「~時分ぬんじんさん」。
いいくる、若昼間迄なかいや=殆ど、午前中までには
済まする慣りいぬあいびいん=済ませる習慣があります。非丁寧文「~慣りいぬあん」。
また、御願事んじえ、*「踊いさあ」や=また、宗教儀式においては、「踊り手」は
一人なあがあるうせえ、さんむんやいびいん=入れ替わり立ち代わりはしないものです。非丁寧文「~さんむんやん」。
若しか、花生ちいんでぃん思ありやびらん=仮にも死者を生き返らす踊りだとも思われません。非丁寧文「~思あらん」。
何がんでえ、花生ちいやれえ、墓庭んじすぬむぬやくとぅやいびいん=なぜなら、死者を生き返らす為のものなら、(踊り等は)墓庭でなされるべきだからです。非丁寧文「~やくとぅやん」。
男ぬ三味線、弾ちゃあやれえ=男が三味線弾きなら
*舞うやあ、女んでぃち、思ありやびいん=舞うのは女だと思われます。非丁寧文「~思ありいん」。
うっぴ小ぬ記事どぅやいびいとぅ、毛遊びやんでぃちぇえ=この程度の記事では、毛遊びだとは
しかっとぅ、言い切ららのおあいびいしが=断言はできないのですが、非丁寧文「~言い切ららのおあしが」。
色々、考いえねえ、あぬ眺みえ、ちゃあそおてぃん=色々考えれば、あの風景は、どうみても、
毛遊びそうなむぬおあらんがあらんでぃ思やびいん=毛遊びの類なのではないかと思います。非丁寧文「~思ゆん」。
*むしか御願事やれえ「踊いさあ」、毛遊びやれえ「舞うやあ」=もし宗教的踊りなら「踊いさあ」、毛遊びなら「舞うやあ」。
 

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