沖縄(うちなあ)や、いいくる「詩の国、歌の島、踊りの里」んでぃ、自(どぅう)なあたあくるし、言(い)ちょおいびいん。
 やいびいしが、「詩」んぃゆる言葉(くとぅば)あ「歌」とぅ同(い、ゆ)ぬむんどぅやい、また、「里」でぃぬ沖縄語え、男(ゐきが)ぬ「しゅら」んでぃぬ意味(ちむええ)どぅやい、日本語(やまとぅぐち)ぬ「里(さと)=故郷」んでぃぬ意味や無(ね)えやびらん。
 やいびいくとぅ、うぬ「詩の国~」や、今前(いまめえ)ぬ言い様どぅやら筈(はじ)んでぃ思(うま)ありやびいん。強(しい)いて迄(までぃ)、うんな意味さあに、沖縄ぬ事(くとぅ)、言(ゆ)るむんどぅんやれえ、「遊(あしび)ぬ国」んでぃぬうっぴさあにん、言ちん、済(し)むのおあいびらんがあ。
 
 やせえやいびいしが、うぬ「詩の国~」ん、また実(じゅん)に沖縄ぬ事、良(ゆ)う言(い)ちょおる言い様んでぃ思(うむ
)やびいん。
 あんしねえ、くぬ「遊び国」え、如何(ちゃ)ぬ様(ゆう)な、行成(いちない)、くさてぃとぅさあに、あんしまた、如何ぬ風儀(ふうじい)しが、なてぃ来(ち)ゃあびたら。沖縄ぬ芸能(じいのう)、遊び心(ぐくる)お、まあからが、なてぃ来(ち)ょおびいらあ

 シチグァチないねえ、いいくる、なあシマジマんんかいや、エイサーぬあゆい、いきらくおなといびいしが、八月十五夜祭(ジュウグヤア)んあいびいん。那覇(なあふぁ)んじえ、女(ゐなぐ)ん達(ちゃあ)ぬすぬ流(なが)り船(ぶうにい)遊びんあたい、また、先島(さでぃしま)んじえ、プウリイ(豊年祭)んでえぬ興りとおいびいん。

 あんしまた、なあ祝儀座(すうじ)んじえ、歌(うた)三味線(さんしん)、舞(も)おいん、飛(とぅ)んじてぃ来(ち)ゃあびいん。うんな習(なれ)えや、今(なま)ぬホテル、結婚式場うとおてぃさりゆる「余興」んかい、繋(ちな)じ、来ょおいびいん。

【語句】
沖縄や、いいくる「詩の国、歌の島、踊りの里」んでぃ=沖縄は、よく「詩の国、歌の島、踊りの里」と、
自なあたくるし、言ちょおいびいん=自ら称しています。非丁寧文「~言ちょおん」。
やいびいしが、「詩」んぃゆる言葉あ「歌」とぅ=ですが、「詩」という語は「歌」と
同ぬむんどぅやい、また、「里」でぃぬ沖縄語え=同じものであり、また、「里」という沖縄語は、非丁寧文「やしが~」。
男ぬ「しゅら」んでぃぬ意味どぅやい=男の「恋人」という意味なのであって、
日本語ぬ「里(さと)=故郷」んでぃぬ意味や無えやびらん=日本語の「里」という意味はありません。非丁寧文「~無えらん」。
やいびいくとぅ、うぬ「詩の国~」や、今前ぬ言い様どぅ=ですから、その「詩の国~」は今日的表現で、
やら筈んでぃ思ありやびいん=あろうと思われます。非丁寧文「~思ありゆん」。
強いて迄、うんな意味さあに、沖縄ぬ事、言るむんどぅんやれえ=強いて、そんな意味合いで沖縄の事を言うのであれば、
「遊びぬ国」んでぃぬうっぴさあにん=「遊びの国(芸の国)」とだけ、
言ちん、済むのおあいびらんがあ=言っても良いのではないでしょうか。非丁寧文「~済むのおあらに」。
やせえやいびいしが、うぬ「詩の国~」ん、また実に沖縄ぬ事=とは言いましても、その「詩の国~」もまた、実に沖縄の事を、非丁寧文「~やせえやしが」。
良う言ちょおる言い様んでぃ思やびいん=よく言い表していると思います。非丁寧文「~思ゆん」。
あんしねえ、くぬ「遊び国」え、如何ぬ様な、行成くさてぃとぅさあに=では、この「芸の国」はどのような、経緯を背景に
あんしまた、如何ぬ風儀しがなてぃ、来ゃあびたら=そしてまた、どのように出来上がってきたのでしょうか。非丁寧文「~来来ゃらあ」。
沖縄ぬ芸能、遊び心お、まあからが、なてぃ来ょおびいらあ=沖縄の芸能、芸心はどこから生まれてきたのでしょうか。非丁寧文「~来る」。
シチグァチないねえ、いいくる、なあシマジマんかいや=旧盆になれば、大抵、各集落には、
エイサーぬあゆい、いきらくおなといびいしが=エイサーがあるし、減少はしましたが、
八月十五夜祭(ジュウグヤア)んあいびいん=十五夜祭もあります。非丁寧文「~十五夜祭んあん」。
那覇んじえ、女ん達ぬすぬ流り船遊びんあたい=那覇では女性が行う流れ船遊びもあったし、
また、先島んじえ、プウリイ(豊年祭)んでえぬ興りとおいん=また、先島では豊年祭も盛んです。非丁寧文「~興りとおん」。
あんしまた、なあ祝儀座んじえ、歌三味線、舞おいん=そしてまた、各祝いの座では、歌三味線、踊りも
飛んじてぃ来ゃあびいん=飛び出てまいります。非丁寧文「~来ゅうん」。
うんな習えや、今ぬホテル、結婚式場うとおてぃさりゆる「余興」んかい=その習慣は今のホテル、結婚式場でなされる「余興」に、
繋じ、来ょおいびいん=受け継がれてきています。非丁寧文「~来ょおん」。