うちなあぐち日記

うちなあぐちえ 聴ち美らさ 語い美らさ 書ち美らさ

2017年04月

 今度(こんどぅ)ん、新(しん)ぬ三月(さんぐぁち)まんぐるからあ、いっそうまぬ如(ぐとぅ)、温(ぬく)ばあってぃ来(ち)ゃあに、四月(しんぐぁち)からあ、扇風機(しんぷうち)ん、回(みぐ)らちょおいびいたるむぬ、2、3日前(めえ)から、またん、寒(ふう)くけえなとおいびいん。
 冬物(ふゆむん、ふいむん)や、長雨(ながあみ)んかいならんうちなかいんでぃ思(うむ)やあに、片付(かたぢ)き始(はじ)みとおいびいたるむんぬ、昨日(ちぬう)、一昨日(うってぃい)や、ウォーキングするばすん、何(ぬう)がやら、肌(はだ)寒さんあたい、また夜(ゆる)ん、長袖(ながすでぃ)着(ち)ちどぅ寝(に)んじゃびたる。

 くぬ節(しち)ぬ寒さあ、「むんじゅるう寒さ」んでぃ言(いゃ)びいん。今迄(なままで)え、なんぞお、うぬわきん無(ね)えやびらんたしが、今度お、んちゃ、寒さんでぃ、思(うむ)たるしいじやいびいん。

 やいびいしが、うりん、よおい、一時(いっとぅちゃ)どぅやる筈(はじ)やいびいん。

注:「むんじゅるう寒さ」んでえ、麦(むじ)刈(か)ゆる節ぬ寒さんでぃ言(ゆ)るちむええやいびいん。

【語句】
今度ん、新ぬ三月まんぐるからあ、いっそうまぬ如=今年も、新暦の三月ごろからは、平年のように、
温ばあってぃ来ゃあに、四月からあ、扇風機ん=暖かくなり、四月からは、扇風機も
回らちょおいびいたるむぬ、2、3日前から、またん=回していたのに、2、3日前から、また、非丁寧文「回らちょおたるむぬ」。
寒くけえなとおいびいん=寒くなってしまっています。非丁寧文「~けえなとおん」。
冬物や、長雨んかいならんうちなかいんでぃ思やあに=冬物は梅雨に入る前にと思い、
片付き始みとおいびいたるむんぬ、昨日、一昨日や=片付け始めていましたのに、昨日、一昨日は、非丁寧文「~始みとおたるむんぬ」。
ウォーキングするばすん、何がやら、肌寒さんあたい=ウォーキングするときも、何やら、肌寒くもあり
また夜ん、長袖着ちどぅ寝んじゃびたる=また、夜も長袖を着て寝たのです。非丁寧文「~寝んたる」。
くぬ節ぬ寒さあ、「むんじゅるう寒さ」んでぃ言びいん=この時期の寒さのことを「むんじゅるうびいさ」と言います。非丁寧文「~んでぃ言ん」。
今迄え、なんぞお、うぬわきん無えやびらんたしが=これまでは、それほど、ピンとこなかったのですが、非丁寧文「~無えらんたしが」。
今度お、んちゃ、寒さんでぃ、思たるしいじやいびいん=今年はなるほど、寒いと感じた次第です。非丁寧文「~思たるしいじじやん」。
やいびいしが、うりん、よおい、一時どぅやる筈やいびいん=ですが、それも、ほんの一時なのでしょう。非丁寧文「やしが~」、「~筈やん」。
注:「むんじゅるう寒さ」んでえ、麦刈ゆる節ぬ=「むんじゅるう寒さ」とは麦を収穫する時期の
寒さんでぃ言るちむええやいびいん=寒さという意味です。非丁寧文「~ちむええやん」。

 新聞(しんぶん)ぬ投稿んでえ、見(みい)回(まあ)しいねえ、今(なま)ちきてぃ、うちなあぐちえ、諸絶(むるて)えし、しいがすらん分(わ)からんでぃち、叫(あ)びゆる人(ちゅ)ぬ、居(をぅ)みせえん。

 我(わん)にん、二十年(にじゅうにん)前(めえ)頃(ぐる)までえ、同(い、ゆ)ぬ如(ぐとぅ)、思(うむ)てぃ、世話(しわ)んそおびいたしが、今(なま)あ、あねえ、思いらんなとおいびいん。
 
 うんにいから、自(どぅう)なあくる、うちなぐちし、文言(むんぐん)、書(か)ちゃい、使(ちか)たいそおるうちなかい、何時(いち)ぬ間(みい)がやら、うちなあぐちぬ種切(さにじ)りさい、諸絶えしさいすんでぃぬ思(うみ)いぬる無(ね)えらんなとおいびいる。

 兄弟姉妹(ちょおでえ)とぅ日本語(やあとぅぐち)すしえ、面恥(ちらは)じかさいびいくとぅ、100%うちなあぐちどぅさびいしが、くねえだあ、焼香(すうこう)んじ、長(なげ)えさ、行(い)ち逢(ゃ)てえ、んだんだるシマぬくびちり友とぅん、行ち逢てぃ直(ちゃあき)から、振別(ふや)かりする迄(までぃ)ぬ間(ゑえだ)、うちなあぐちびけんし、物語合小(むぬがたええぐぁあ)そおびいたん。

 確かに、うちなあぐちえ、自し使らんないねえ、諸絶えししいがすらん分からんでぃぬ思いぬ強(ちゅう)まてぃ、来(ち)ゅうる筈(はじ)やいびいしが、物語する相手(ええてぃ)ぬ居らんあれえ、文言書ちゅるうっぴしん、使(ちか)とおる風儀(ふうじい)ないびいくとぅ、うちなぐちぬ無えらんなゆんでぃぬ肝(ちむ)ん世話(しわ)ん、思(うま)あらんなやゆるむぬやいびいん。

 やいびいくとぅ、うちなぐち無えないぬ心配(しわ)しん済(し)まびいしが、うりやかん、うちなあぐち使たい、文言書ちゃいし、なあびれえ。人(ちゅ)お頼(たる)がきらんようい、自(どぅう)なあくるから始(はじ)みみしょおり。

また、人ぬゆてぃん、変(か)わゆる筈(はじ)やいびいしが、うちなあぐちぬ書ち言葉(くとぅば)、むとぅうしいゆすみ、しゆさにんでぃぬ事(くとぅ)にちいてえ、字(じい)ぬ書(か)ちい様(よう)にゆてぃん、変わいがすらん分かやびらん。

 我ねえ、棒線(ぼうしん)うちなあぐっちえ、あらんようい、今ぬ如(ぐと)おる書ちい様やれえ、何時迄ん、むとぅしいゆんでぃ、思とおいびん。
 
【語句】
新聞ぬ投稿んでえ、見回しいねえ、今ちきてぃ=新聞の投稿などを見回すと、いまだに
うちなあぐちえ、諸絶えし、しいがすらん分からんでぃち=沖縄語は消滅するかもしれないと、
叫びゆる人ぬ居みせえん=叫ぶ人がいます。非尊敬文「~居ん」。
我にん、二十年前頃までえ、同ぬ如、思てぃ=私も二十年前頃までは、そのように思い、
世話んそおびいたしが=心配もしていましたが、非丁寧文「~世話んそおたしが」。
今あ、あねえ、思いらんなとおいびいん=今はそのように思わなくなりました。非丁寧文「~思いらんなとおん」。
うんにいから、自なあくる、うちなぐちし、文言、書ちゃい=あの頃から、自ら沖縄語で、文章を書いたり、
使たいそおるうちなかい、何時ぬ間がやら=使ったりしているうちに、いつのまのか、
うちなあぐちぬ種切りさい、諸絶えしさいすんでぃぬ=沖縄語が途絶えたり、消滅したりするなどという、
思いぬる、無えらんなとおいびいる=感覚こそが、消滅してしまっているのです。非丁寧文「~無えらんなとおる」。
兄弟姉妹とぅ日本語すしえ、面恥じかさいびいくとぅ=兄弟姉妹と、日本語をするのは、照れくさいので、
100%うちなあぐちどぅさびいしが=100%沖縄語をするのですが、 非丁寧文「~うちなあぐちすしが」。
くねえだあ、焼香んじ、長えさ、行ち逢てえ、んだんだる=この前、法事の際に、久しぶりに逢った
シマぬくびちり友とぅん、行ち逢てぃ直から、振別かりする迄ぬ間=郷里の幼馴染とも、逢った時から、別れる迄の間、
うちなあぐちびけんし、物語合小、ちゃあしいそおびいたん=ずっと、沖縄語だけで、話し込んでいました。非丁寧文「~ちゃあしいそおたん」。
確かに、うちなあぐちえ、自し使らんないねえ=確かに、沖縄語は、自ら使わなくなれば、
諸絶えししいがすらん分からんでぃぬ思いぬ=消滅するかもしれないという感覚が
強まてぃ、来ゅうる筈やいびいしが=強くなってくるのかもしれませんが、
物語する相手ぬ居らんあれえ、文言書ちゅるうっぴしん=語り合う相手がいないのであれば、文章を書くだけでも、
使とおる風儀ないびいくとぅ、うちなぐちぬ無えらんなゆんでぃぬ=使っている感覚になりますので、沖縄語が無くなるという、
肝ん世話ん、思あらんなゆるむぬやいびいん=考えも心配も、しなくなるものです。非丁寧文「~なゆるむぬやん」。
やいびいくとぅ、うちなぐち無えないぬ心配しん済まびいしが=ですから、沖縄語が無くなる心配をしてもかまいませんが、非丁寧文「やくとぅ~」。非丁寧文「~済むしが(済ぬしが)」。
うちなあぐち使たい、文言書ちゃいし、なあびれえ=沖縄語を使ったり、文章を書いたりしてみてください。非丁寧文「~書ちゃいしんでえ」。
人お頼がきらんようい、自なあくるから始みみしょおり=他人を当てにせず、隗より始めよ。非尊敬文「~始みり」。
また、人ぬゆてぃん、変わゆる筈やいびいしが=また、人によっても、異なるかもしれませんが、非丁寧文「~筈やしが」。
うちなあぐちぬ書ち言葉、むとぅうしいすみ、しゆさにんでぃぬ事にちいてえ=沖縄語の書き言葉を続けていけるか、否かについては、
字ぬ書ちい様にゆてぃん、変わいがすらん分かやびらん=表記法によっても、異なるかもしれません。 非丁寧文「~分からん」。
我ねえ、棒線うちなあぐっちえ、あらんようい=私の場合は、棒線うちなあぐちではなく、注:「棒線うちなあぐち」とは、「長音を棒引き記号でする表記法による沖縄語」の事です。
今ぬ如おる書ちい様やれえ、何時迄ん、むとぅしいゆんでぃ思とおいびん=ご覧のような表記法であれば、続けられると思います。非丁寧文「~思ゆん」。

 今日(ちゅう)ぬ新報んかい、「方言話者は皆教師」んでぃぬ「論壇(るんだん)」ぬあいびいん。
 我(わん)にん、まる平生(ふぃいじい)から、「うちなあぐちさあや、諸(むる)、先生(しんしい)」んでぃ思(うむ)とおいびいくとぅ、うぬ事(くとぅ)にちいてえ、うぬっ人(ちゅ)とぅ同(い、ゆ)ぬ肝(ちむ)ちやんでぃ、思(うむ)やびいん。
 
 統計(とぅうきい)からあ、今(なま)ん、うちなあぐちさあや、20万人ぐれえや居(をぅ)る筈(はじ)やいびいん。
 なまちきてぃ、病院(びゅういん)ぬ中(なか)めえとぅか、いいくる大工(せえく)ん達(ちゃあ)ぬ来(ち)ゃいするホームセンターんでえ於(をぅ)とおてえ、あまくまぬうちなあぐちぬ聞(ち)かりてぃ来(ち)ゃあびいんしが、うぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)や自(どぅう)ぬ仕事(しくち)ぬ事(くとぅ)し、忙(いちゅ)なさぎさあそおいびいくとぅ、うちなあぐち、子孫(くぁんまが)ん達(ちゃあ)んかい、習(なら)あする肝(ちむ)お、如何(ちゃあ)がなとおいびいらあ分かやびらん。

 やくとぅんでぃち、うぬ人ん達、側(すば)なち、あるじょうまさあ定みやあに、習あさあ、選(いら)ぶんでぃぬしい様(よう)ん、一(てぃい)ちぬしい様やら筈(はじ)えやいしが、くぬぐま沖縄(うちなあ)んかい、村(シマ)ぬ毎(かあじ、かじ)、変わとおるあるうちなあぐちぬあんでぃぬ都合(ちごう)、考(かんげ)いねえ、相応(ふさ)とおるむんがやら、考えむんやいびいん。
何がでえ、また、子孫ん達んかい、うちなあぐち習あする事、念掛きとおるうちなぐちさあん、まんどおいびくとぅやいびいん。

 うりやか、村ぬ毎ぬまた人ぬ毎に色(いる)んなしい様んあいびいちいやんでぃ思やびいん。
 
 何(ぬう)んでぃ言(い)ちん、うちなあぐちえ、なあ銘々(めえめえ)ぬ村(シマ)、人ん達ぬ、今(なま)ぬ60なやあまんぐらぬ人ん達ぬ、童(わらび)ぬばす、うちなあぐち叫(あ)びとおたる有様んかい、戻(むどぅ)ち、継(ち)じ行(い)ちゅる事んかい念掛(にんが)きらんあれえ、ならのおあらにんでぃ、思やびいん。

【語句】
今日ぬ新報んかい、「方言話者は皆教師」んでぃぬ=今日の新報に「方言話者は皆教師」という、
「論壇」ぬあいびいん=論壇があります。非丁寧文「~ぬあん」。
我にん、まる平生から、「うちなあぐちさあや、諸、先生」=私も常日頃から「沖縄語話者は皆教師」
んでぃ思とおいびいくとぅ、うぬ事にちいてえ=と思っていますので、非丁寧文「~思とおくとぅ」。
うぬっ人とぅ同ぬ肝ちやんでぃ、思やびいん=その方と同じ考えだと思います。非丁寧文「~思ゆん」。
統計からあ、今ん、うちなあぐちさあや=統計上は、今も沖縄語話者は、
20万人ぐれえや居る筈やいびいん=20万人ぐらいはいるはずです。非丁寧文「~筈やん」。
なまちきてぃ、病院ぬ中めえとぅか、いいくる大工ん達ぬ=いまだに、病院のロビーとか、よく大工さん達が
来ゃいするホームセンターんでえ於とおてえ=来店したりするホームセンターなどでは、
あまくまぬうちなあぐちぬ聞かりてぃ来ゃあびいんしが=方々の沖縄語を耳にしますが、非丁寧文「~来ゅうしが」。
うぬ人ん達や自ぬ仕事ぬ事し、忙なさがぎさあそおいびいくとぅ=その人たちは自分の仕事の事で忙そうですので、非丁寧文「~忙なさぎさあそおくとぅ」。
うちなあぐち、子孫ん達んかい、習あする肝(ちむ)お=沖縄語を子や孫に教える考えは
如何がなとおらあ分かやびらん=どうなっているのかわかりません。非丁寧文「~分からん」。
やくとぅんでぃち、うぬ人ん達、側なち=だからといって、その人たちをさておいて、
あるじょうまさあ、定みやあに、習あさあ、選ぶんでぃぬしい様ん=ある基準を定めて、教師を選別するのも、
一ちぬしい様やら筈えやいしが=一つの方法からも知れませんが、非丁寧文「~筈えやしが」。
くぬぐま沖縄んかい、村ぬ毎、変わとおるうちなあぐちぬあんでぃぬ都合=この狭い沖縄に集落毎に異なる沖縄語があるという事情を
考いねえ、相応とおるむんがやら、考えむんやいびいん=考慮すれば、適切な方法であるか疑問です。非丁寧文「~考えむんやん」。
何がでえ、また、子孫ん達んかい、うちなあぐち習あする事=なぜかと言えば、子や孫に沖縄を教えようとすることを
念掛きとおるうちなぐちさあん、又まんどおいびくとぅやいびいん=心がけている話者もまた多いからです。非丁寧文「~くとぅやん」。
うりやか、村ぬ毎ぬまた人ぬ毎に色んなしい様ん=それより、集落ごと、また、人それぞれに多様なやり方も
あいびいちいやんでぃ思やびいん=あるべきだと思います。非丁寧文「~思ゆん」。
何んでぃ言ちん、うちなあぐちえ、なあ銘々ぬ村=何といっても、沖縄語は、それぞれの集落の
人ん達ぬ、今ぬ60なやあまんぐらぬ人ん達ぬ=(そして)人たちが、(それぞれに)現在の60歳ごろの人たちが
童ぬばす、うちなあぐち叫びとおたる有様んかい=子供の頃、話していた状態に
戻ち、継じ行ちゅる事んかい念掛きらんあれえ=(復活)近づけ、継承していくことに心がけなければ
ならのおあらにんでぃ、思やびいん=ならないのではないかと思います。非丁寧文「~思ゆん」。

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