うちなあぐち日記

うちなあぐちえ 聴ち美らさ 語い美らさ 書ち美らさ

2013年06月

 台風4号ぬ来(ち)ゅうんどお来ゅうんどおさあに、テレビぬむさげえとおいびいたくとぅ、去年(くず)ぬ初(はじ)みぬでえじなぬ強(ちゅう)ばあ台風(ううかじ)ぬ事(くとぅ)、思(うび)い出(ん)じゃち、いふぃえ、肝掛(ちむが)かいし、対策(てぃまわし)そおいびいたん。やいびいしが、一番ぬ近くかんかい来(ち)ゅうんでぃ言(い)ゃっとおたる一昨日(うってぃい)や、朝から太陽(でぃだ)ぬ照(てぃ)てぃ、雲(くむ)ん、10(とぅう)に2,3(たあち、みいち)びけんどぅあいびいたる。
 風(かじ)ん涼風(しだかじ)小(ぐぁあ)どぅやいびいたくとぅ、我(わん)ねえ、修理(くう)しみてえたるオートバイ取(とぅ)いがオートバイ屋(やあ)までぃ、歩っち、行ちゃびたん。
 片降(かたぶ)いねえそおる雨(あみ)ぬ降やあに、うわあちちぬ悪っっさなたしえ、夕(ゆう)さんでぃぬ、ようい一時(いっとぅち)小(ぐぁあ)びけんどぅやいびいたる。うぬ雨ぬ晴りてぃ後(あと)お、また、太陽んくぁんくぁんなやあに、あふぁあなよいびいたさ。(なあ、いふぃえ、雨ん降らしいねえ、良たさおびいたるむんぬ)。

【語句】
台風4号ぬ来ゅうんどお来ゅうんどおさあに=台風4号が来るぞ来るぞと、
テレビぬむさげえとおいびいたくとぅ=テレビが騒いでいましたので、  非丁寧文は「~むさげえとおたくとぅ」。
去年ぬ初みぬでえじなぬ強ばあやたる台風ぬ事=昨年初めのとても強かった台風の事を、
思い出じゃち、いふぃえ、肝掛かいし=思い出して、すこし、気になり、
対策そおいびいたん=対策をしていました。 非丁寧文は「対策そおたん」。
やいびいしが、一番ぬ近くかんかい来ゅうんでぃ言ゃっとおたる一昨日や=ですが、最接近と言われていた一昨日は、 非丁寧文は「やしが」。
朝から太陽ぬ照てぃ=朝から太陽が照り、
雲ん、10に2,3びけんどぅあいびいたる=雲も2,3割程度しかありませんでした。非丁寧文は「~どぅあたる」。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言「あいびいん」は連体形「あいびいたる」で結びます。
風ん涼風小どぅやいびいたくとぅ=風もそよ風でしたので、 非丁寧文は「~どぅやたくとぅ」。ここでは強調助詞「どぅ」があっても、通常なら次にくる用言は連体形で結ばれますが、接続助詞「くとぅ」(から、ので)が付く形が優先されます。
我ねえ、修理しみてえたるオートバイ取いが=私は、修理を頼んでいたオートバイを取りに、
オートバイ屋までぃ歩っち行ちゃびたん=オートバイ屋さんまで歩いて行きました。非丁寧文は「~行(ん)じゃん」。
片降いねえそおる雨ぬ降やあに=スコールのような雨が降り、
うわあちちぬ悪っさなたしえ、夕さんでぃぬ=天気が悪くなったのは夕方の、
ようい一時小びけんどぅやいびいたる=ほんの一時の間でした。非丁寧文は「~どぅやたる」。「どぅ」については既述。
うぬ雨ぬ晴りてぃ後お=その雨があがった後は、  「雨ぬ晴りゆん」は慣用句として覚えてしまいましょう。「雨ぬ止むん」とは言いません。
また、太陽んくぁんくぁんなやあに=また、太陽もかんかんと(照りつけ)、
あふぁあないびいたさ=力が抜けました、ずっこけましたよ(意訳)。非丁寧文は「あふぁあなたさ」。
。「あふぁあなゆん」(期待はずれ、ずっこける、力拳から力が抜ける、その他適切な和訳があるはずですが…)も慣用句として覚えましょう。「あふぁさん」(味が薄い、甘味・塩味などが少ない)からの派生語で、良く使われる慣用句であるにもかかわらず、『沖縄語辞典』にはありません。(私の辞書の引き方が間違っているのでしょうか?)
なあ、いふぃえ、雨ん降らしいねえ=もうすこし、雨も降らしたら、
良たさいびいたるむんぬ=よかったですのに。非丁寧文は「良たさたるむぬ」。

 親戚(ゑえか)ん達(ちゃあ)とぅ、プロ野球(やちゅう)ぬ統一球(とういちちゅう)ぬ話どぅそおたるむ、何時(いち)ぬ間(みい)がやら、バッターとぅバッティングぬ話んかいけえなやびたん。
 童(わらび)ぬばすお、遊(あし)ぶんでぃち、忙(いちゅな)さいびいたん。学校(ぐぁっこう)から戻(むどぅ)いねえ、実(じゅん)に、夕飯(ゆうばん)時分までぃ、ちゃあ、遊びいそおいびいたん。節(しち)に拠(ゆ)てぃ、遊び様(よう)ん変わたるむぬやいびいしが、バッティングんぃでぃゆる遊びんあいびいたん。

 西方(いりいかた)んじえ、「ぎっちょう」とぅか「いっぱあ」とぅか言ちょおたんでぃぬ事(くとぅ)やいびいしが、何(ぬう)がやら、我(わ)っ達(たあ)にいんじえ、バッティングんでぃ言ちょおいびいたん。如何(ちゃ)ぬ様(ゆう)ぬな遊(あし)びやたんでぃ言いねえ、

 道具(どうぐ)おニ本(にふん)ぬぐな棒ぬ入用(いりゆう)やいびいしが、一(てぃい)ちえ、15~20センチぐれえぬ木(きい)の枝(ゆだ)ぬニ所(たとぅくる)ぬ端(はな)ゆナイフし、削(きじ)てぃ、尖(とぅ)がらち、円錐形(いんしいちい)、作(ちゅく)たるむぬやいびいん。二(たあ)ちえ、打っちゅる為(たみ)ぬ棒とぅしちぬ30センチぐれえぬ長(なぎ)ぬ棒やいびいん。
 うんにいぬ、童(わら)ばあ達(たあ)や、うり、諸(むる)、自(どぅう)なあくるし、支こうやびいたん。

 長棒(なぎぼう)し、短棒(いんちゃぼう)ぬ円錐形なとおる端、叩ちいねえ、うぬ短棒や、くうてん小(ぐぁあ)、跳(とぅ)び上がやびいくとぅ、うぬ短棒ぬ地面(じち)んかい落(う)てぃゆる前((めえ)に、なあ一(ちゅ)けん、叩ち、遠(とぅう)さ迄(までぃ)飛(とぅ)ばするしいじやいびいん。一打目びけんや、短棒、置(う)ちゅる為(たみ)ぬ穴小(あなぐぁあ)地面(じち)んかい掘(ふ)やびいん。何(ぬう)がんでえ、穴小(あなぐぁあ)んかい置(う)ちゅるばすぬ角度ぬ付(ち)きい様(よう)によてえ、叩かりゆる短棒ぬ高く上がやびいくとぅ、うぬばす長棒し叩ちいねえ、遠(とぅう)さ迄(までぃ)飛(とぅ)でぃ行ちゅくとぅやいびいん。二打目からあ、短棒ぬ円錐形ぬ所(とぅぅくる)びけん叩ち、飛ばさびいん。

 あんしまた、叩ちゅあ長棒や、飛(とぅ)だる長さ測ゆる為(たみ)にん、使(ちか)やびいしが、勝負事(すうぶぐとぅ)やいびいくとぅ、測ゆるばすお、真っ直(し)ぐ測らんでえならんむぬやいびいしが、負きらん如(ぐとぅ)し、ようがあ這(ば)い測いさいする悪魔童(あくまわらび)ん居(をぅ)いびいたん。

 やいびいしが、何打迄叩ちゅがんでぃゆる事迄え、なんぞお、覚(うび)いてえ居(をぅ)いびらん。確か、三、四打ぐれえやあいびらんがあたら。あいびらんでえ、また、互えに、勝負する毎(かあじ)に決(ち)わみてぃが居いびいたらあ…。

 『沖縄語辞典』ぬんかいや、「大小二本の短棒の、大きい方で小さい方を打ち上げて遠くへ飛ばし、その距離を競う遊戯」んでぃぬうっぴどぅ書かっとおいびいくとぅ、なあふぃん、くめえきてぃ、書かかなんでぃ思(うむ)やあに、書ちゃるむぬやいびいん。

 「バッティング」んでいゆる言葉ん、やがてぃ、外来語扱えなゆたる筈(はじ)やるむぬ、使とおる地域(とぅくま)とぅ期間(なげえさ)ぬ限(かじ)らっとおたくとぅがやいびいら、だあ、ない外(はじゃ)きとおいびいさ。

【語句】
親戚ん達とぅ、プロ野球ぬ統一球ぬ話どぅそおたるむ=親戚とプロ野球の統一球の話をしていたのに、
何時ぬ間がやら=何時の間にか
バッターとぅバッティングぬ話けえなやびたん=バッターとバッティングの話になってしまいました。非丁寧文は「~けえなたん」。「なやびたん」は地方では優勢だが、都市部の影響などで「ないびたん」も多く使用されるようになりました。
童ぬばすお、遊ぶんでぃち、忙さいびいたん=子供の頃は遊ぶのに忙しかったです。非丁寧文は「~忙さたん」。
学校から戻いるねえ、実に、夕飯時分までぃ=学校から戻れば、実に、夕飯時分まで、
ちゃあ、遊びいそおいびいたん=ずっと、遊んでいました。非丁寧文は「~遊びいそおたん」。
節に拠てぃ、遊び様ん変わたるむぬやいびいしが=季節によって遊び方も変わりましたが、非丁寧文は「~むぬやしが」。
バッティングんぃでぃゆる遊びんあいびいたん=バッティングという遊びがありました。非丁寧文は「~遊びぬあたん」。
西方んじえ、「ぎっちょう」とぅか「いっぱあ」とぅか=西方では「ぎっちょう」とか「いっぱあ」とか。「西方」は与勝地方にとって、半島以西のことを指します。
言ちょおたんでぃぬ事やいびいしが=言っていたようですが、  非丁寧文は「事やしが」。
何がやら、我っ達にいんじえ=どういうわけが、わたしどもの方では、
バッティングんでぃ言ちょおいびいたん=バッティングといっていました。
如何ぬ様な遊びやたがんでぃ言いねえ=どのような遊びだったかといえば、
道具おニ本ぬぐな棒ぬ入用やいびいしが=道具は二本の小さい棒が必要でしたが、 非丁寧文は「入用やたしが」。
一ちえ、15~20センチぐれえぬ=ひとつは、15~20センチぐらいの、
木の枝ぬニ所ぬ端ゆナイフし=木の枝の両端をナイフで、
削てぃ、尖らち円錐形、作たるむぬやいびいん=削って尖らし、円錐形に作ったものです。非丁寧文は「~作ゆん」。
二ちえ、打っちゅる為ぬ棒とぅしち=ふたつには、打つ為の棒として
30センチぐれえぬ長ぬ棒やいびいん=30センチぐらいの長めの棒です。非丁寧文は「~棒やん」。
うんにいぬ、童ばあ達や、諸、自なあくるし=あの頃の子供たちは、すべてを自前で、 支こうやびいたん=作りました。「しこうゆん」には「支度する、準備する」の意味のほかに「作る」という意味もあります。「~くる」は「~自身で」(ここでは自前で)。
長棒し、短棒ぬ円錐形なとおる端、叩ちいねえ=長めの棒で、短めの棒の円錐形部分の端を叩けば、
うぬ短棒や、くうてん小、跳び上がやびいくとぅ=その短めの棒は、少し、跳びはねますから、 非丁寧文は「~上がゆくとぅ」。
うぬ短棒ぬ地面んかい落てぃゆる前に=その短めの棒が地面に落ちる前に
なあ一けん、叩ち=もう一度、叩き、
遠さ迄飛ばするしいじやいびいん=遠く迄飛ばすわけです。非丁寧文は「~しいじやん」。
一打目びけんや、短棒、置ちゅる為ぬ穴小=一打目だけは、短めの棒を置くための小さな穴を
地面んかい掘やびいん=地面に掘ります。非丁寧文は「~穴掘ゆん」。ちなみに、その小穴を「ほうみ」(『沖縄語辞典』には載っていません)と、何の違和感もなく平気で言っていましたが、今の人の感覚で考えるほど、嫌らしくはありませんでした。
何がんでえ=なぜかといえば、
穴小んかい置ちゅるばすぬ角度ぬ付きい様によてえ=穴に置く角度によっては
叩かりゆる短棒ぬ高く上がやびいくとぅ=叩かれる短い棒が高く上がりますので、 非丁寧文は「~上ががゆくとぅ」。
うぬばす長棒し叩ちいねえ=そのときに長めの棒で叩くと、
遠さ迄飛でぃ行ちゅくとぅやいびいん=遠く迄飛んでいくからです。非丁寧文は「~行ちゅくとぅやん」。
二打目からあ=二打目からは、
短棒ぬ円錐形ぬ所びけん叩ち、飛ばさびいん=短めの棒の円錐形の部分だけを叩き、飛ばします。
あんしまた、叩ちゅあ長棒や=それから、叩くための長めに棒は
飛だる長さ測ゆる為にん=飛んだ距離を測るためにも
使やびいしが=使用されますが、
勝負事やいびいくとぅ、測ゆるばすお=勝負事なので、測る場合は、
真っ直ぐ測らんでえならんむぬやいびいしが=直線に測らなければならないのですが、 非丁寧文は「~むぬやしが」。
負きらん如し=負けないようにと、
ようがあ這い測いさいする悪魔童ん=(斜めなどに這わして、蛇行させて)歪めて測ったりする意地悪(インチキ)な子供も
居いびいたん=いました。非丁寧文は「居たん」。
やいびいしが、何打迄叩ちゅがんでぃゆる事迄え=ですが、何打まで打ちよったということまでは、
なんぞお、覚いてえ居いびらん=よく覚えていません。非丁寧文は「~居るらん」。
確か、三、四打ぐれえやあいびらんがあたら=たしか、三~四打ぐらいでしたでしょうか。非丁寧文は「あらんがあたら」。
あいびらんでえ、また、互えに、勝負する毎に=そうでなければ、お互いに勝負するたびに。「また」はここではあまり意味のない語呂言葉。
決わみてぃが居いびいたらあ…=きめていたのでしょうか。
『沖縄語辞典』ぬんかいや=『沖縄語辞典』には
「大小二本の短棒の、大きい方で小さい方を打ち上げて遠くへ飛ばし、その距離を競う遊戯」
んでぃぬうっぴどぅ書かっとおいびいる=とだけ書かれています。非丁寧文は「~書かとおる」。「どぅ」は前語を強調する助詞で、用言「書かっとおん」は連体形「書かかっとおる」で結びます。
「バッティング」んでいゆる言葉ん=「バッティング」という語も
やがてぃ、外来語扱えなゆたる筈やるむぬ=もうすこしで、外来語扱いになったかもしれないものを、
使とおる地域とぅ期間ぬ=使用されている地域と期間が
限らっとおたくとぅがやいびいら=限定されていたからなのか
だあ、ない外きとおいびいさ=ほれ、なりそこねましたよ。「だあ」は無理に「ほれ」と訳しましたが、進行中の物事や雰囲気の意外性に対して発する言葉ではありますが、ここでは、語呂的な無意味言葉としてもけっこうです。

 くぬ前(めえ)、生(ん)まれりジマんかい、寄(ゆ)しりたるばすぬ話どぅやいびる。
 かたがた、姉夫(あばあうとぅ)ぬ孫(んまが)同士(どうさあ)がおおええそおいびいたん。うり見(ん)ち、姉夫ぬ、思(うび)らじにがやいびいたらあ、孫んちゃあんかい向(ん)やあに、「またい」んでぃ叫(あ)びやびたん。
 「またい」んでぃしえ、でえじな、あながちさぬ言葉(くとぅば)やいびいたくとぅ、我(わん)ねえ、くりまた、思らじに、けえ、笑たるしいじやいびいん。
 
 小学生(しょうぐぁくしい)やいにいや、日曜学校(キリスト教会)んかい通(かゆ)とおいびいたくとぅ、聖書(しいす)ん、買(こ)うらさってぃ、いいくる読(ゆ)まさったいさるむぬやいびいん。新約聖書んかい「マタイ伝」でぃしぬあいびいしが、我っ達(たあ)小学生ぬええずう達や、「マタイ」がキリストぬ弟子ぬ名(なあ)どぅやるんでぃち、習(なら)あさってぃ、分かてえ居(をぅ)いびいたしが、牧師先生(ぶくししんしい)ぬ「マタイ伝ぬ~」んでぃ言(ゆ)る毎(かあじ)、皆、笑ゆし、堪(くね)えとおたる覚(うび)いぬあいびいん。

 何(ぬう)がんでえ、「またい」んでぃしえ、人(ちゅ)ぬらゆるばすに、出(ん)じゃする言葉なやあに、日本語ぬ「こら」んでぃしとぅ同(い)ぬ積(ち)むええやくとぅやいびいん。「まあ」ん同ぬぬれえ言葉やいびいしが、「またいひゃあ」んでぃしえ、でえじな、強々(ちゅうじゅう)とぅ、ぬらゆる言葉やいびいん。
 やいびいしが、『沖縄語辞典』ぬんかい、載(ぬ)てえ居(をぅ)らんしがるふぃるましむんやいびいる。
註:「こら」んでえ、首里言葉しえ、「どぅかしれえ」、「んだ」んでぃ、言ゃびいんでぃぬ事。

【語句】
くぬ前、生まれりジマんかい=このまえ、故郷に
寄しりたるばすぬ話どぅやいびる=訪問したときの話なのです。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言「やいびいん」は、連体形「やいびいる」で結びます。
かたがた、姉夫ぬ孫同士が=たまたま、姉の夫の孫同士が
おおええそおいびいたん=喧嘩をしていました。
うり見ち、姉夫ぬ=それをみて、姉の夫が、
思らじにがやいびいたらあ=思わずだったのでしょうか、 非丁寧文は「~がやたら(あ)」。
孫んちゃあんかい向やあに=孫達に向かって、
「またい」んでぃ叫びやびたん=「またい」と叫びました。非丁寧文は「~叫びたん」。
「またい」んでぃしえ=「またい」というのは、
でえじな、あながちさぬ言葉やいびいたくとぅ=大変、懐かしい言葉だったので、
我ねえ、くりまた、思らじに=私は、これまた思わず、
けえ、笑たるしいじやいびいん=笑ってしまった次第です。非丁寧文は「~しいじやん」。
小学生やいにいや=小学生だった頃は、  「小学生(しょうぐぁくしい)」は首里語では「しょうがくしょう」か?
日曜学校(キリスト教会)んかい通とおいびいたくとぅ=日曜学校(キリスト教会)に通っていましたから、  非丁寧文は「~通とおたくとぅ」。
聖書ん、買うらさってぃ=聖書も買わされ、
いいくる読まさったいさるむぬやいびいん=よく、読まされたりしたものです。非丁寧文は「~むぬやん」。
新約聖書んかい「マタイ伝」でぃしぬあいびいしが=新約聖書に「マタイ伝」というのがありますが、  非丁寧文は「~でぃぬあしが」。
我っ達小学生ぬええずう達や=私の小学生の仲間らは、
「マタイ」がキリストぬ弟子ぬ名どぅやるんでぃち=「マタイ」がキリストの弟子の名なのだと、
習あさってぃ、分かてえ居いびいたしが=教えられ、分かっていたのですが、  非丁寧文は「~居たしが」。
牧師先生ぬ「マタイ伝ぬ~」んでぃ言る毎=牧師先生が「マタイ伝の~」というたびに、
皆、笑ゆし=みんな、笑うのを、
堪えとおたる覚いぬあいびいん=我慢していた記億があります。非丁寧文は「~覚いぬあん」。
何がんでえ=なぜかというと、  「何が」は「ぬが」でも「ぬうが」ともいいます。
「またい」んでぃしえ=「またい」というのは、
人ぬらゆるばすに、出じゃする言葉なやあに=人を叱るときに、発する言葉であり、
日本語ぬ「こら」んでぃしとぅ=日本語の「こら」というのと、
同ぬ積むええやくとぅやいびいん=同じ意味だからです。非丁寧文は「~やくとぅやん」。
「まあ」ん同ぬぬれえ言葉やいびいしが=「まあ」も同じ叱り言葉でしが、  非丁寧文は「~言葉やしが」。
「またいひゃあ」んでぃしえ=「またいひゃあ」というのは、
でえじな、強々とぅ=大変、強く、
ぬらゆる言葉やいびいん=しかりつける言葉です。非丁寧文は「~言葉やん」。
やいびいしが、『沖縄語辞典』ぬんかい=ですが、『沖縄語辞典』に、
載てえ居らんしがるふぃるましむんやいびいる=載ってないのはおかしいな事です(意訳)。非丁寧文は「~ふぃるましむんやる」。「居らんしがる」の「る」は強調助詞「どぅ」の清音で、接続文の「やいびいん」を「やいびいる」で結びます。「る」は首里系では「どぅ」でもよいです。

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