うちなあぐち日記

うちなあぐちえ 聴ち美らさ 語い美らさ 書ち美らさ

2013年04月

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 くねえだ、大和んじぬ用事小(ゆうじぐぁあ)ぬ序(ちい)でぃなかい、富士山見(ん)じいが行(い)ちゃびたん。
 富士山見(ぬ)うしん、若さいにいんじ、御殿場んじ、見(ん)ちから、なあ、何十年(なんじゅうにん)がないびいら。写真や河口湖からぬむぬやいびいん。かたがた、湖畔ぬんかい花小(ふぁなぐぁあ)ん咲ちょおいびいたくとぅ、這(ほ)うやあに、うぬ花小ん達んまじゅん、撮(ぬ)じなあびたん。
 東京んまんぐらんじえ、4月初(しんぐぁちはじ)み頃(ぐる)ぬ三月風廻(さんぐぁちかじまあ)い故(ゆい)に、桜花(さくらばな)あ、吹ち飛(とぅ)ばさってぃ、無(ね)えらんなとおいびいたしが、河口湖、西湖まんぐらあ、大概(てえげえ)や、なあだ万時(ばんじ)ぬ如(ぐと)おいびいたん。

 高速バスん40分余い、着(ち)ちゅしぬ、遅(うく)りとおいびいたしが、富士山ぬ見(み)いたれえ、難儀(なんじ)ん、けえ忘(わし)りやびたん。

 大和から富士山取(とぅ)い退(ぬ)いきいねえ、実(じゅん)に風儀(ふうじ、富士)ぬ無(ね)えらんなゆる筈(はじ)やいびいんやあさい。あんさびいねえ、富士ぬ無えらん沖縄(うちなあ)や…。


【語句】
くねえだ、大和んじぬ用事小ぬ序でぃなかい=このあいだ、本土のでの用事の序でに。「序でぃ」は「ちいでぃ」ですが、首里語では「つぃいでぃ」。
富士山見ちじいが=富士山を見に。「富士山見(に)いが」という言い方もあります。
行じなあびたん=いってみました。「行ちゃびたん」でもよいです。非丁寧文は「~行(ん)じゃん」。
富士山見しん=富士山を見るのも
若さいにいんじ、御殿場んじ、見ちから=若い頃に御殿場で見て以来、
なあ、何十年がないびいら=もう何十年なりますことやら。非丁寧文は「~がないら(あ)」。
写真や河口湖からぬむぬやいびいん=写真は河口湖からものです。非丁寧文は「~むぬやん」。ところで、沖縄語に「湖(みずうみ)」という語があるでしょうか。私は話者でありながら、知りませんので、知っている方は教えてください。まさか、「うふぐむい(大池)」とは言いますまい…。
かたがた、湖畔ぬんかい=たまたま、湖畔に、
花小ん咲ちょおいびいたくとぅ=花も咲いていましたので、
這うやあに、うぬ花小ん達んまじゅん=這って、その花たちと一緒に、「まじゅん」は「一緒に、共に」という意味ですが、地方では「まんじゅい」、「しいてぃい」、「しいてぃいま」等のバリエーションがあります。
撮じなあびたん=撮ってみました。「ぬじゅん(撮じゅん)」は『沖縄語辞典』にはありませんので、要注意。
東京んまんぐらんじえ=東京あたりでは、
4月初み頃ぬ三月風廻い故に=4月初旬(確か、第一週の週末?)の春の嵐のせいで。沖縄では通常は春の嵐のような風雨は、「二月風廻い」といいますが、ここでは、実態に合わせて、「三月風廻い」と「造語」しました。
桜花あ、吹ち飛ばさってぃ=桜の花は吹き飛ばされて、
無えらんなとおいびいたしが=なくなっていましたが、非丁寧文は「~なとおたしが」。「無えらんなゆん」は「無くなる、消える」という意味です。沖縄語の「消(ちゃ)あゆん」は人や物に対しては言わず、火、灯、電気、電灯などに言います。
河口湖、西湖まんぐらあ=河口湖、西湖あたりは、
大概や、なあだ万時ぬ如おいびいたん=おおむね、まだ、盛りのようでした。非丁寧文は「~如おたん」。
 高速バスん40分余い、着ちゅしぬ=高速バスも40分以上、到着が
遅りとおいびいたしが=遅れていましたが。非丁寧文は「遅りとおたいしが」。
富士山ぬ見いたれえ、難儀ん、けえ忘りやびたん=富士山が見えると、疲れも忘れてしまいました(意訳)。非丁寧文は「~忘りたん」。
大和から富士山取い退いきいねえ=日本から富士山を取ってしまうと、
実に風儀ぬ無えらんなゆる筈やいびいんやあさい=本当にみっともなくなるはずですね。「富士」と「風儀」(習慣、風習、流儀という意味がありますが、ここでは風采などの意味)をかけた沖縄では使い古された冗句(すみません)。非丁寧文は「~筈やんやあさい」。
あんさびいねえ、富士ぬ無えらん沖縄(うちなあ)や…=では、富士の無い沖縄は…。非丁寧文は「あんしいねえ、」。
 
 
  

 一昨日(うってぃい)ぬ日曜日え、カミ御清明(かみうしいみい)んかい、行ちゃびたん。
 カミんでえ、「上」がやら、「神」がやら、分からびらんくとぅ、当てぃ字(じい)えさんうちゃびらな。
 カミ御清明んでえ、かあま前(めえ)ぬ祖先(うやふぁあふじ)ぬ墓んかい、門中ぬ人(ちゅ)ぬ内ぬ近間柄ぬ人んちゃあが、ちがあるうし、すぬ清明祭(しいみい)ぬ事やいびいん。やいびいくとぅ、近間柄あ数念に一(ちゅ)けんなあ、当たゆるしいじなとおいびいん。

 やいびいしが、うぬ「カミ御清明」や、『沖縄語辞典』ぬんかいん、また、『沖縄の御願ことば辞典』ぬんかいん載(ぬ)てえ居(をぅ)いびらん(註)。親戚(ゑえか)ぬ兄者(しいざかた)んかい聞(ち)ちちねえ、「上代」ぬ津むええんでぃゆる人ん、「神」ぬ積むええんでぃゆる人んめんせえいびいたん。
 沖縄人(うちなあんちゅ)お、三十三年忌(終わい焼香)うちなしいねえ、「神」んかい成ゆんでぃ言ゃっとおいびいん。(亡あちから、三十年忌迄ぬ間え、「仏」。)やいびいくとぅ、「カミ」んでえ、うぬ「神」ぬ事がやら、あらんでえまた、「上(ゐい)」ぬ代(でえ)ぬ積(ちむええ、首里語=つぃむええ)がやいびいら(上御清明?)。分かゆる人ぬめんせえいびいらあ、どうでぃん、習(なら)あち、呉(くぃ)みそおり。

 やいびいしが、一昨日ぬ寒(ふぃい)さよお。最高気温17度。奥(うく)んじえ、最低10度、最高16度やたんでぃぬ事やいびいん。今度(くんど)お、戻(むどぅ)い寒さ(忘り寒さ、別り寒さ)ん無(ね)えらんたる代わい、清明寒(しいみいびい)さんでぃゆるむん迄(までぃ)ん、新(みいく)に、出(ん)じてぃが来(ち)ょおいびいらあ。
 
 あらんでえ、「にっか忘り寒さ(にっか戻い寒さ、にっか別り寒さ)」がなとおいびいらあ?。

註:同(い、ゆ)ぬ如(ぐとぅ)、「流り清明(ながりしいみい)」んでぃゆる語(くとぅば)ん上(ゐい)ぬ二(たあ)ちぬ辞典ぬんかい無(ね)えやびらん。「流り清明」んでえ、門中また字、部落が清明祭ぬ日ゆ決わみてぃん、なあ銘々(めえ)ぬ家庭(ちねえ)とぅか近間柄びけんが、自(どぅう)なあたあ都合(ちごう)し、日変えてぃ、する事やいびいん。(拘束力の無い清明祭の日程のこと)。

【語句】
一昨日ぬ日曜日え、カミ御清明んかい=一昨日の日曜日は、カミ御清明祭に、
行ちゃびたん=行きました。非丁寧文は「行(ん)じゃん」。
カミんでえ、「上」がやら、「神」がやら=カミんでえ、「上」なのか、「神」なのか、
分からびらんくとぅ=分かりませんので、
当てぃ字えさんうちゃびらな=当て字はしないでおきます。
カミ御清明んでえ、かあま前ぬ祖先ぬ墓んかい=カミ御清明とは、随分上代の祖先の墓に、
門中ぬ人ぬ内ぬ近間柄ぬ人んちゃあが=門中(一族)の内の近い親戚の人々が、  「近間柄」は「近い親戚」の意味。「遠間柄(とぅうまがら)」は「遠い親戚」。
ちがあるうし、すぬ清明祭ぬ事やいびいん=かわるがわる行なう清明祭りのことです。非丁寧文は「~事やん」。
やいびいくとぅ、近間柄あ数年に一けんなあ=ですから、近間柄は数年に一度、 ここでの「間柄」は一族の「支族」ということになります。
当たゆるしいじなとおいびいん=(順番に)当たる事になります(意訳)。非丁寧文は「~しいじなとおん」。
やいびいしが、うぬ「カミ御清明」や=ですが、この「カミ御清明」は、
『沖縄語辞典』ぬんかいん、また、『沖縄の御願ことば辞典』ぬんかいん=『沖縄語辞典』にも、『沖縄の御願ことば辞典』にも、
載てえ居いびらん=載っていません。非丁寧文は「~居らん」。多くの地方語では、「居やびらん」と「やいびいん」の語頭の「や」が「い」に変音せず、原音を残しています。
親戚ぬ兄者んかい聞ちちねえ=親戚の先輩に聞いたところ、
「上代」ぬ積むええんでぃゆる人ん、「神」ぬ積むえええんでぃゆる人ん=「上代」の意味だと言う者もおれば、「神」の意味だという人も、
めんせえいびいたん=いらっしゃいました。非目上文は「居たん」。
沖縄人お、三十三年忌(終わい焼香)うちなしいねえ=沖縄人は三十三年忌(最終法事)を終えると、 「終わい焼香」の「焼香」は「法事」で、「最終法事」の意味。
「神」んかい成ゆんでぃ言ゃっとおいびいん=「神」になるといわれています。非丁寧文は「~言ゃっとおん」。
亡あちから、三十年忌迄ぬ間え、「仏」=なくなってから三十三年忌の間は「仏」
やいびいくとぅ、「カミ」んでえ=ですから、「カミ」とは、
うぬ「神」ぬ事がやら=その「神」のことなのか、
あらんでえまた、「上」ぬ代ぬ積がやいびいら(上御清明?)=あるいは、「上」の代の意味なのか。非丁寧文は「~やら」。
分かゆる人ぬめんせえいびいらあ=ご存知の方がおられましたら、 非目上う文は「~人ぬ居ら、居らあ」。
どうでぃん、習あち、呉みそおり=どうか、おしえてください。非目上う文は「~呉り」、「~取らし」
やいびいしが、一昨日ぬ寒さよお=それにしても、一昨日の寒さよ。 非丁寧文は「やしが、~」。
最高気温17度。奥んじえ、最低10度=最高気温17度。奥では、最低10度
最高16度やたんでぃぬ事やいびいん=最高16度だったとこのです。非丁寧文は「~事やん」。
今度お、戻い寒さ(忘り寒さ、別り寒さ)ん=今年は「戻り寒さ(忘れ寒さ、別れ寒さ)」も
無えらんたる代わい=なかった代わりに、
清明寒さんでぃゆるむん迄ん、新に=「清明寒さ」というものものまで、新たに
出じてぃが来ょおいびいらあ=でてきたのでしょうか。非丁寧文は「~来ちょおらあ」。
あらんでえ、「にっか忘り寒さ(にっか戻い寒さ、にっか別り寒さ)」=そうでなければ、「遅れ忘れ寒さ、遅れ戻り寒さ、遅れ別れ寒さ」。
がなとおいびいらあ?=になっているのでしょうか。非丁寧文は「がなとおら(あ)」。

同ぬ如、「流り清明」んでぃゆる語ん=同じく、「流り清明」という語も、
上ぬ二ちぬ辞典ぬんかい無えやびらん=上の二つの辞典にありません。非丁寧文は「~無えらん」。
「流り清明」んでえ=「流れ清明」とは、
門中また字、部落が清明祭ぬ日取りを決わみてぃん=門中または字集落が清明祭の日取りを決めても、
なあ銘々ぬ家庭とぅか近間柄びけんが=それぞれの家庭や近い親戚同士だけで、
自なあたあ都合し、日変えてぃ=自分達の都合にあわせて、日程を変更し、
する事やいびいん=実施する事です。非丁寧文は「する事やん」。
(要するに拘束力の無い清明祭の日程のこと。)

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 勝連城址(かっちんぐしくあとぅ)お、我(わあ)が中学生(ちゅうがくしい、がくしょう)やたいにいや、与勝中学生ぬ遊(あし)び庭(なあ)やたる事(くとぅ)んあてぃ、くぬブログんかい幾けぬん、載(ぬ)してちゃるむぬやいびいしが、今日(ちゅう)や、うぬ合成写真作てぃなあびたん。

 勝連城にちいてぃ、与勝中学校ぬ校歌んかい、「昔鎌倉と歌われし」んでぃちあびいびいん。確かに、うむるそうし(おもろさうし)1144/18んかいある歌詞んかい下(しちゃ)ぬ通(とぅう)いあいびいん。
 
 かつれんはなおにぎやな たとゑる      勝連は、何に譬えようか
 やまとかまくらに たとゑる            大和鎌倉に 譬える

 勝連や、首里軍(しゅいいくさ)なかい、滅(ふる)ぶさりゆる阿麻和利(北谷カナ)ぬ世迄(ゆうんまで)え、あいゆかんぬ華国(はなぐに)なやあに、琉球間切(るうちゅうまじ)りから、二才達(にいせえたあ)が遊(あし)びいが来(ち)ゅうるとくまやたんでぃぬ事やいびいん。勝連が、いちゃっさ、栄(さけ)えとおたがんでぃゆるにちいてえ、「おもるさうし」んかい、ちゃっさきいぬ記事ぬあいびいん。「かつれんのあまわり、とひゃくさちよわれ」、「かつれんのあまわり、たまみしやくありよな きや かまくら これと いちえ とよま」、「かつれんわ、てた むかて、ぢやう、あけて、またま、こかね、よりやう、たまのみうち」んでえ。
 他にん、「勝連の船遣り」、阿麻和利ぬ前(めえ)ぬ「望月按司」褒みゆる歌詞んあいびいん。

【語句】
勝連城址お、我が中学生やたいにいや=勝連城址は私が中学生だったころは、
与勝中学生ぬ遊び庭やたる事んあてぃ=与勝中学生の遊び場だったこともあって、
くぬブログんかい幾けぬん=このブログに何度も
載してちゃるむぬやいびいしが=取り上げてきたものですが、 非丁寧文は「~むぬやしが」。
今日や、うぬ合成写真作てぃなあびたん=今日はその合成写真を作成してみました。非丁寧文は「~作てぃんちゃん」。
勝連城にちいてぃ、与勝中学校ぬ校歌んかい=勝連城について、与勝中学校の校歌に
「昔鎌倉と歌われし」んでぃちあびいびいん=「昔鎌倉と歌われし」とあります。非丁寧文は「~でぃちあん」。
確かに、うむるそうし1144/18んかいある歌詞んかい=確かに、おもろさうしにある歌詞に
下ぬ通いあいびいん=次の通りあります。非丁寧文は「~通いあん」。
かつれんはなおにぎやな たとゑる=勝連は、何に譬えようか  より口語にちかい合音(伝統的合音ではなく)では、「かっちんや、ぬうにじゃな、たてぃる」。オモロ時代の「譬える」は、首里語系の「譬(た)てぃゆん」(ユン・ティ活用動詞)より地方語の「たてぃいん」に近いといえます。「なおにぎやな」は今でも祝いの座で演奏される定番曲「かぎやで風節」の歌詞にある「今日ぬ誇らや、なおにぎやなたてぃる」と同じ語句です。直訳は「何にこそ譬える」で意訳は「何に譬えよう(か)」などとなります。沖縄人はオモロ時代のことばを現代人も歌詞の中とはいえ、使い続けているのです。
やまとかまくらに たとゑる=大和鎌倉に 譬える。 より口語に近い合音では、「やまとぅかまくらに たてぃる」。
勝連や、首里軍なかい=勝連は、首里軍に
滅ぶさりゆる阿麻和利(北谷カナ)ぬ世迄え=滅ぼされる阿麻和利時代までは、
あいゆかんぬ華国なやあに=かなりの繁華な国であり、
琉球間切りから=琉球全土から、
二才達が遊びいが来ゅうるとくま=若者達が遊びにやってくるところ
やたんでぃぬ事やいびいん=だったとの事です。非丁寧文は「やたんでぃぬ事やん」。
勝連が、いちゃっさ=勝連がどれほど、
栄えとおたがんでぃゆるにちいてえ=栄えていたかということについては、
「おもろさうし」んかい=「おもろさうし」に、
ちゃっさきいぬ記事ぬあいびいん=多くの記事があります。非丁寧文は「~記事ぬあん」。
「かつれんのあまわり、とひゃくさちよわれ」=勝連の阿麻和利、十百歳までも(意訳)。
「かつれんのあまわり、たまみしやくあり(有り)よな」=勝連の阿麻和が玉御杓持ち居るように(意訳)
「きや かまくら これと いちえ(言って) とよま(鳴響もう)」=(ヤマトの)京、鎌倉に(向けて)、そのように、鳴り響かそう(宣伝しよう)(意訳)。
「かつれんわ、てた むかて、ぢやう、あけて」=勝連は太陽に向かって、門を開け、
「またま、こかね、よりやう、たまのみうち」んでえ=真玉、黄金、寄り寄る玉の御内、などなど。
他にん=
他にも、
「勝連の船遣り」、阿麻和利ぬ前ぬ=
「勝連の船乗り」、阿麻和利の前の、
「望月按司」褒みゆる歌詞んあいびいん=
「望月按司」を褒めたたえる歌詞もあります。'''非丁寧文は「~歌詞んあん」。

 

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