うちなあぐち日記

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2013年02月

 今日(ちゅう)や年(とぅし)ぬ夜(ゆるう)なとおいびん。
 何(ぬう)んでぃち、「年ぬ夜」んでぃが言ゃびいら、我(わん)くる考(かんげ)えてぃなあびたん。我自考(わあどぅう)えしえ、「年ぬ変わゆる夜」やくとぅる「年ぬ夜」んでぃ言る筈(はじ)んでぃ、思(うむ)とおいびいん。
 辰年(たちどぅし)から巳年(みいどぅし)んかい、また、人人間(ちゅにんじん)ぬ歳(とぅし)ぬ変わゆる前(めえ)ぬ日(ふぃい)ぬ夜んかい、なとおいびいくとぅどぅ、「年ぬ夜」んでぃ言るんでぃ、思とおいびいん。東アジアんじえ、人お、諸(むる)、旧正月(しょうぐぁち)んじる歳え取(とぅ)いる、西洋式ねえし、誕生日んじ、歳取ゆるむぬおあいびらん。(今あ、日本とぅ琉球や、西洋化けえし、誕生日んじる歳え取やびいしが…。)
 やいやさびいしが、うりんまた、異風なあやいびいんやあさい!東アジア人お、生まりいねえ、直(ちゃあ)き、一歳(てぃいち)、あんしまた、次ぬ旧正月ないねえ、2歳(たあち)なゆるしいじやいびいん。やいびいくとぅ、年ぬ夜んじ生(ん)まりたる赤(あか)ん子(ぐぁ)あ、生まりてぃ、二日(ふちか)しいねえ、きっさ、2歳けえなゆるしいじやいびいん。うぬゆうな年ぬさんみんぬしい様や、「数え年」んでぃ言ちょおいびいんやあさい。
 考えてぃんじいどぅんせえ、東アジア於(をぅ)とおてえ、日本(にふん)くうとお、正月(しょうぐぁち)え、諸(むる)、旧暦なかいどぅかちみとおいびいしが、如何な、昔(んかし)からぬ風習(なりい)やわらん、済みいがさびいら、済まんがあいびいら…。

【語句】
今日や年ぬ夜なとおいびん=今日は「年の夜(大晦日)」です。非丁寧文は「~なとおん」。
何んでぃち、「年ぬ夜」んでぃが言ゃびいら=なぜ、「年の夜」というのか。非丁寧文は「~言ら」。「~でぃが言ら」は話しことばでは多くは「でぃが言らあ」となる傾向になります。「~が、~ら」用法=「~ので、~あろうか」。
我くる考えてぃなあびたん=自身で考えみました。非丁寧文は「~考えてぃ見ちゃん」。
我自考えしえ=私論では。自考え(自分の考え)の「自」は私の当て字で、多くの人は、発音に近く、または原語でもある「胴」を当てますので要注意。ちなみに、私の場合は、「体」を表わす場合の「どぅう」は「胴」を、「精神的な自分」を表わす「どぅう」は「自」を当てています。私にとって、沖縄語は生きた言語であり、固定的(死語硬直的)なものだとは思っていませんので…。
「年ぬ変わゆる夜」やくとぅどぅ=「年が変わる夜」だからこそ。「どぅ(こそ)」は直前の語を強調する助詞。
「年ぬ夜」んでぃち言る筈んでぃ=「年の夜」というのだろうと。前の強調助詞「どぅ」を受ける「言ん」は本来「言い切り」の連体形で結びますが、ここでは、たまたま名詞「筈」にかかる連体形となっています。つまり、強調助詞を受けての連体形結びは、あくまで「言い切り」がそれに準じる場合に行なわれるのであって、接続詞や感嘆詞が付いたりする場合は、行なわれません。
思とおいびいん=考えています。非丁寧文は「思とおん」。「思っています」と訳してもいのですが、「思ゆん」には「考える」の意味もありますので。
辰年から巳年んかい=辰年から巳年に
また、人人間ぬ歳ぬ変わゆる前ぬ日ぬ夜んかい=また、人の歳が変わる前夜に。「人人間」は「人(ちゅ)」と「人間」を並べていて、日本語の感覚からはくどい語句ですが、慣用句です。「人」や「人間」だけでも勿論かまいません。
なとおいびいくとぅどぅ=なっているからこそ。「どぅ」は既述。
「年ぬ夜」んでぃ言るんでぃ思とおいびいん=「年の夜」と言うのだと、思っています。
東アジアんじえ、人お、諸=東アジアでは、人は皆、
正月んじる歳え取いる=正月においてこそ、年はとるのであり。「正月んじる」の「んじ」は「於てぃ」または「於とおてぃ」でもよいです。「んじる」の「る」は強調助詞「どぅ」の清音で濁音語の後は、概ね、清音を用いますが、首里語では、そのようなルールーの明確さはなく、「どぅ」でもよいようです。後続の「取ゆん」は連体形「取いる(取ゆる)」となります。
西洋式ねえし、誕生日んじ=西洋式のように、誕生日に、
歳取ゆるむぬおあいびらん=歳を取るものではありません。非丁寧文は「~あらん」。「むぬお」は殆どの人は「むのお」または「むのー」と表記するようです。
今あ、日本とぅ琉球や、西洋化けえし=今は、日本と琉球は西洋化してしまい。「けえし」「けえ」は「~してしまう」の意味の副詞で動詞(ここでは「すん(する)の接続形、補助連用形「し」)の前に付きます。
誕生日んじる歳え取やびいしが…=誕生日にこそ歳は取るのですが。非丁寧文は「~取ゆしが」。「んじる」の「る」は強調助詞「どぅ」の清音。後続の「取やびいん」は接続詞が付き、「言い切り」にならない為に、連体形を取りません。
やいやさびいしが、うりんまた=ですが、それもまた。非丁寧文は「やいやすしが」。「やしが」でもよいです。
異風なあやいびいんやあさい!=変ではありますなあ! 非丁寧文は「異風なあやっさあやあ」。
東アジア人お、生まりいねえ=東アジア人は生れると、
直き、一歳、あんしまた=直ぐに一歳、そしてまた、
次ぬ旧正月ないねえ、2歳なゆるしいじやいびいん=次の旧正月には2歳になるわけです。非丁寧文は「~しいじやん」。
やいびいくとぅ、年ぬ夜んじ生まりたる赤ん子あ=ですから、大晦日に生れた赤ん坊は。非丁寧文は「やくとぅ」。「赤ん子」は「ぼうじゃあぐぁあ」とも。
生まりてぃ、二日しいねえ=生れて二日目には、
きっさ、2歳けえなゆるしいじやいびいん=もう、2歳になるわけです。非丁寧文は「~しいじやん」。
うぬゆうな年ぬさんみんぬしい様や=そのような年齢の計算の仕方は、
「数え年」んでぃ言ちょおいびいんやあさい=「数え歳」と言ってますね。非丁寧文は「~言ちょおんやあさい」。
考えてぃんじいどぅんせえ=考えてみれば、
東アジア於とおてえ、日本くうとお=東アジアでは、日本以外は
正月え、諸、旧暦なかいどぅかちみとおいびいしが=正月はみな旧暦で捉えているのですが。非丁寧文は「~かちみとおしが」。「どぅ」は既述。「かちみとおん」は「掴まえる、捉える、おさえる」などの意味があります。普通は、日本語の慣用的な言い回しと沖縄語の言い回しは殆ど一致しませんが、この場合はたまたま一致するようです。
如何な、昔からぬ風習やわらん=いくら昔からの習慣だとしても、
済みいがさびいら、済まんがあいびいら…=良いのか悪いのか…。良いでしょうか、悪いのでしょうか…。非丁寧文は「済みいがすら、済まんがあら」。「~が、~ら」は(~ので、~だろうか)用法。
 

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 去年(くず)、駐車場ぬまどぅあきたい、「犬走り」ぬ罅割(ふぃば)り対策とぅしち、さる改造普請(うふくうぶしん)ぬ際(ちわ)に、庭(なあ)んかい植(ゐ)いてぃ居(をぅ)ちぇえたる桜ぬ木(きい)や、一本(いっぷん)や、切(ち)い捨(し)てぃやびたしが、一本(いっぷん)や残(ぬく)とおいびいん。やいびいとぅ、桜ぬ花あ、毎年(めえにん)、眺(なが)みとおいびいん。

 やいびいしが、桜祭いんでえんかい、行ちゅる事んかいや興味(すうみ)ぬ無(ね)えらな、今(なま)までぃ、名護(なぐ)んじぬ桜祭(さくらまち)んかいや二(けん)ぐれえ、八重瀬町(いぇえじ)ぬ桜祭いんかいや去年(くず)ぬ一(ちゅ)けんびけんどぅ行(ん)じ見(な)あびたる。
 本土(やまとぅ)ぬ桜あ、若さいにいぬ復帰前(ふっちめえ)んじ、かたがた一けんのお見(ん)ちゃる事(くとぅ)ぬあいびいん。うぬあたい、我(わん)ねえ、桜祭いとお、縁(いん)ぬ無(ね)らん生(い)ちみやいびいたん。
 
 諸(むる)が、「行き行き」さびたくとぅ、重尻(うぶちび)ひったてぃやあに、名護城(なんぐしく)とぅ八重岳(いぇえだき)んかい、行じなあびたん。やいびいしが、名護城ぬ桜祭いや、けえ終(う)わてぃ、桜花ん、いいくる無えらんなとおいびいたん。
 あんさあに、一けんちょおん、行(ん)じぇえ見だんたる八重岳んかい行ちゃびたれえ、なあだ祭いぬ万時やたる事んあてぃ、人(ちゅ)ん車んまんでぃ、ふしがりやびらんたん。桜ぬ花あ、木にゆてえ、なあだ、満開やしんあいびいたしが、大概(てえげえ)や、いふぃ小(ぐぁあ)どぅ咲ちょおいびいたる。聞(ち)ちいねえ、今度ぬ桜あ、ゆかてえ無えらんでぃぬ事やいびいたん。強(ちゅう)ばあ台風なかい、葉(ふぁあ)ぬ飛(とぅ)ばさったる故(ゆい)やあらにんでぃぬ話やいびいたしが、我考(わあかんげ)えしえ、実(じち、じつぃ)え、去年ぬ10月(ぐぁち)ぬ台風17号ぬ後(あとぅ)からあ、くうてんなあや、やいびいしが、桜花ぬちゃあ咲ちいさる為(たみ)なかいに、今になてぃ、けえうたとおるばそお、あらんがあらんでぃ思(うみ)やびいん。
 
【語句】
タイトル 今年ぬ桜あなてえ居らん=今年の桜はでききが悪い(直訳 今年の桜はできてない)。「なとおん」は「成とおん、為とおん」で、「物事が成る」という意味から転じて、「うまくいく」、「よくできる」などの意味もあります。よく、三味線を弾いた後に、「なとおみ(できているか)」と感想を聞くことがあります。「くりええ何ん成らん」は「こりゃあ駄目だ、駄目だこりゃあ」という意味です。
去年、駐車場ぬまどぅあきたい=去年、駐車場のスペースを増やしたり、
「犬走り」ぬ罅割い対策とぅしち=犬走りのひび割れ対策として。「ふぃばり、ひばり」は皮膚の「あかぎれ」にもいいます。
さる改造普請すぬ際に=行なった改造工事の際に、
庭んかい植いてぃ居ちぇえたる桜ぬ木や=庭に植えてあった桜の木は、
一本や、切い捨てぃやびたしが=一本は切り捨てましたが。非丁寧文は「~捨てぃたしが」。
一本や残とおいびいん=一本は残っています。非丁寧文は「~残とおん」。
やいびいとぅ、桜ぬ花あ、毎年、眺みとおいびいん=ですから、桜の花は毎年眺めています。非丁寧文は「~眺みとおん」。
やいびいしが、桜祭いんでえんかい=ですが、桜祭りなどに。非丁寧文は「やしが」。
行ちゅる事んかい興味ぬ無えらな=行く事には興味がなく、
今までぃ、名護んじぬ桜祭んかいや二ぐれえ=これまで、名護での桜祭りに二回ほど、
八重瀬町ぬ桜祭いんかいや去年ぬ一けんびけんどぅ=八重瀬町の桜祭りには去年の一回だけ。「どぅ」は前語を強調する助詞で、後にくる用言「見あびたん」は連体形「見あびたる」で結ぶ。
行じ見あびたる=行ってみただけである。非丁寧文は「~見(ん)ちゃる」。強調助詞を受けての文のニュアンスとしての意訳です。
本土ぬ桜あ、若さいにいぬ復帰前んじ=本土の桜は若い頃の復帰前に、
かたがた一けんのお見ちゃる事ぬあいびいん=たまたま、一回は見たことがあります。非丁寧文は「~事ぬあん」。「かたがた」は江戸時代に入ってきた語か?
うぬあたい、我ねえ、桜祭いとお=それほど、私は桜祭りとは、
縁ぬ無えらん生ちみやいびいたん=縁の無い人生でした。非丁寧文は「~生ちみやたん」。「生ちみ」は「この世」、「生ている身」などの意味があります。 
諸が、「行き行き」さびいたくとぅ=皆が「行って行って」と言うので。非丁寧文は「~すたくとぅ」。
重尻ふぃったてぃやあに=重い腰をあげて。「ふぃったてやあに」は「ふぃったてぃてぃ」または「ひったてぃやあま」でも可です。「重尻さん」の反対語らしき「ちび(尻)軽っさん」には「てきぱきと動き回る、こまめによく働く」などの意味となり、厳密には「反対語」ではないかも知れません。紛らわしい語に「ちび(尻)ぬ軽っさん」がありますが、この方は「尻軽女(浮気な女)」の事を言いますので要注意。何と、助詞の「ぬ」があるかないかだけで、意味がまるで違います。
名護城とぅ八重岳んかい、行じなあびたん=名護城と八重岳に行ってみました。非丁寧文は「~行じんちゃん」。
やいびいしが、名護城ぬ桜祭いや、けえ終わてぃ=ですが、名護城の桜祭りは、終わってしまっていて。非丁寧文は「やしが」。「けえ」は「~してしまう」の意味の副詞で、多くの動詞に付きます。但し、「行く」のそれは「はいたん(走いたん、去るいたん)」であり、「食むん」や「飲むん」のそれは、「うちゅ食ゆん」などと「うちゅ」を使います。
桜花ん、いいくる無えらんなとおいびいたん=桜花も、殆ど、散っていました。非丁寧文は「~なとおたん」。
あんさあに、一けんちょおん、行じぇえ見だんたる=そして、一回も行ったことのない
八重岳んかい行ちゃびたれえ=八重岳に行ってみましたら。非丁寧文は「~行じゃれえ」。
なあだ祭いぬ万時やたる事んあてぃ=まだ、祭りの最中ということもあって、
人ん車んまんでぃ、ふしがりやびらんたん=人も車も多くて、大変でした。非丁寧文は「~ふしがらんたん」。
桜ぬ花あ、木にゆてえ、なあだ=桜の花は木によっては、まだ、
満開やしんあいびいたしが、大概や=満開のもありましたが、多くは。非丁寧文は「~あたしが」。
いふぃ小どぅ咲ちょおいびいたる=少ししか咲いていませんでした。直訳は「少しだけ咲いているのでした」。非丁寧文は「~咲ちょおたる」。
聞ちいねえ、今度ぬ桜あ=聞いたところによれば今年の桜は。「今度は「今年」の意味の口語。
ゆかてえ無えらんでぃぬ事やいびいたん=出来がわるいとのことでした。非丁寧文は「~事やたん」。「ゆかゆん」は「作物などが豊かに実る」の意味。
強ばあ台風なかい、葉ぬ飛ばさったる故やあらに=強い台風で葉がやられた所為ではないか
んでぃぬ話やいびいたしが=との話でしたが。非丁寧文は「~やたしが」。
我考えしえ、実え=私論では、実は。「じち(実)え」は首里語では「じつぃえ(開音の『つ』は「つぃ」)となる)」。
去年ぬ10月ぬ台風17号ぬ後からあ=去年の10月の台風17号の後からは
くうてんなあや、やいびいしが=少しづつではありますが。非丁寧文は「~やしが」。
桜花ぬちゃあ咲ちいさる為なかいに=桜花はずっと、咲き続けてきたために、
今になてぃ、けえうたとおるばすお、あらんがあらんでぃ=今になって疲れてしまったからではないかと。「あらんがあら」は「ないのであろうか」。慣用句として覚えてしまいましょう。他例:「行かんがあら」(行かないのでろうか)、「食まんがあら(たべないのであろうか)」、「あちさがあら(暑いのであろうか)」等。
思やびいん=思います。非丁寧文は「思ゆん」。

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