うちなあぐち日記

うちなあぐちえ 聴ち美らさ 語い美らさ 書ち美らさ

2013年01月

 うぬ話え、でえじな近さる親戚(ゑえか)ぬ話やくとぅる語(かた)やびいる。
 んちゅなてぃぬ師走(しわあし)、親戚から、童謡「赤い靴」(野口雨情)ぬ翻訳頼(たぬ)まりやびたん。孫(んまが)ぬ何(ぬう)がなぬ発表会んじ使(ちか)ゆる為(たみ)ぬむんやんでぃぬ事(くとぅ)やいびいたん。

 やいびいしが、うぬ頼だる人お、我(わん)やかん、10才(とぅう)近く、兄(しいざ)なやあに、うちなあぐち語彙(くとぅば)ん、我やかん知っちょおいる筈(はじ)やいびいたん。
 統計取(とぅ)たるわきえあいびらな、まあまでぃん、自一人(どぅうちゅい)考(かんげ)えどぅやいやさびいしが、沖縄(うしhなあ)んじえ、地域(しま)にゆてぃん、だてえん違やびいしが、大概(てえげえ)、50才(ぐじゅう)から、上(ゐい)やれえ、10(とぅう)びけえなあ歳(とぅし)ぬ上(ゐ)なゆる毎(かあじ、かじ)、語彙が5~10%なあん増(うわ)あちいちいちゅんでぃ思(うま)ありやびいん。あんし、50才から下(しちゃ)あ、語彙やあった減(ふぃ)ないし、なあ30才(さんじゅう)代から下あ、聞(ち)ちゅる事(くと)おなてぃん、話(はなし)や、ないびらん。

 うんな事情んあやあに、我ねえ、「赤い靴」翻訳するばす、うぬ人ぬ意見(いちん)ぬん混(ま)んきたる事あてぃ、下ぬ通(とぅう)いんかいけえなやびたん。「ウランダー」んでぃぬ語彙(くとぅば)にちいてえ、肝(ちむ)ふぃがな、「外人」やましえあらにんでえ言ちゃるむぬやいびいしが、如何そおてぃん、くまあ「ウランダー」どぅやるんでぃぬ事やいびいたくとぅ、しかたあないびらん。
 さてぃ、うんじゅなあやれえ、如何(ちゃ)ぬ風儀(ふうじい)し、翻訳さびいが。

 日本語               うちなあぐち
1.赤い靴 はいてた       赤靴(あかふや) くどおたる
  女の子              女(ゐなぐ)わらび       
  異人さんに           ウランダーに
  つれられて           そうらってぃ
  行っちゃった           はいたん

2.よこはまのはとば埠頭から   横浜(ゆくはま)ぬとぅんどぅうから
  船に乗って             船(ふに)に乗(ぬ)てぃ
  異人さんに             ウランダーに
  つれられて             そうらってぃ
  行っちゃった            はいたん

3.今では 青い目に       今(なま)ぐるや 青(おう)るう目(みい)に
  なっちゃって           けえなやい
  異人さんの           ウランダーぬ
  お国に              う国(くに)んかい
  いるんだろう           居(をぅ)るはじ

4.赤い靴 見る たび      赤靴(あかふやあ) 見(ん)じゅる かじ
  考える              思(うむ)ゆん
  異人さんに            ウランダーに
  逢う たび           いちゃゆる かじ
  考える               思(うむ)ゆん 

【語彙】
うぬ話え=この話は、
でえじな近さる親戚ぬ話やくとぅる語やびいる=大変身近な親戚の話だからこそ語るのです。非丁寧文は「~語ゆる」。「やくとぅる」の「る」は強調を表わす「どぅ」の清音。「どぅ」でもよいです。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言「やいびいん」は連体形「やいびいる」で結びます。
んちゅなてぃぬ師走=一昨年の師走。「んちゅ」は「一昨年」、古くは「三(み)ちゅ」。沖縄語では「マ行」が不変則に「ナ行」に移行する傾向にある。「みふぇえでえびる(ありがとうございます)→にふぇえでえびる」。「食まやびらん」または「食まびらん」→「食なびらん(主には首里系と那覇系)」。「みやぐしく(宮城)→なあぐしく」、「みゃあく→なあく(宮古)」、「飲むん→飲ぬん(首里語のみ)。
親戚から、童謡「赤い靴」ぬ翻訳頼まりやびたん=親戚から童謡「赤い靴」の翻訳を頼まれました。非丁寧文は「~頼まったん」。
孫ぬ何がなぬ発表会んじ使ゆる為ぬ=孫のある某発表会で使うための
むんやんでぃぬ事やいびいたん=ものだということでした。非丁寧文は「~事やたん」。
やいびいしが=ですが、
うぬ頼だる人お、我やかん=その依頼人は私より
10才近く、兄なやあに=10才近く、年上であり。「兄(しいざ)」には「兄」のほか、「年上」「先輩」という意味もあります。
うちなあぐち語彙ん=沖縄語語彙も。「おきなわ」は「うちなあ」の開音表記。
我やかん知っちょおいる筈やいびいたん=私より知っているはずでした。
統計取たるわきえあいびらな=統計を取ったわけでもなく、
まあまでぃん、自一人考えどぅやいやさびいしが=どこまでも、私個人の考えなのですが。非丁寧文は「~どぅやしが」。「どぅ」は記述。ここでの用言は連体形で結ぶ前に接続詞を伴っていますので、連体形で結ぶことはありません。
沖縄んじえ、地方にゆてぃん=沖縄では地方によって、
だてえん違やびいしが=大分異なりますが。非丁寧文は「~違ゆしが」。
大概、50才から、上やれえ=五十歳以上であれば、
10びけえなあ歳ぬ上なゆる毎、語彙が5~10%なあん=10才ほど年が増す毎に、語彙が5~0%ぐらいも。「なあん」の「なあ」は「ようんなあ」「早くなあ」の「なあ」と同じく通常は副詞を作る語ですが、ここでは「づつ」。
増あちいちゅんでぃ思まありやびいん=増えていくと思われます。
あんし、50才から下あ=そして五十歳から下は
語彙やあった減ないし=語彙は急激に減り、
なあ30才代から下あ=もう三十台ともなれば(ここは意訳)
聞ちゅる事おなてぃん=聞く事はできても
話やないびらん=話すことはできません。非丁寧文は「話やないびらん」。
うんな事情んあやあに=そんな事情もあって、
我ねえ、「赤い靴」翻訳するばす=私は「赤い靴」を翻訳するとき、
うぬ人ぬ意見ぬん混んきたる事あてぃ=その人の意見を聞き入れたこともあって、
下ぬ通いんかいけえなやびたん=下のようになってしまいました。非丁寧文は「~けえないびたん」。「けえ」は「~してしまう」の意味の副詞で動詞などの前に付きます。
「ウランダー」んでぃぬ語彙にちいてえ=「ウランダー」という語については、
肝ふぃがな=不満で、
「外人」やましえあらに=「外人」に方がよいのではないか
んでえ言ちゃるむぬやいびいしが=とは言ったのですが。非丁寧文は「~むぬやしが」。
如何そおてぃん、くまあ=どうしても、ここは、
「ウランダー」どぅやるんでぃぬ事やいびいたくとぅ=「ウランダー」であるという事でしたので。非丁寧文は「~事やたくとぅ」。
しかたあないびらん=仕方がありません。非丁寧文は「しかたあならん」。
さてぃ、うんじゅなあやれえ=さて、あなたなら、
如何ぬ風儀し、翻訳さびいが=どのように翻訳しますか。

以下は歌詞の説明

ふや(靴)=靴。最近は古語化?しているのか、滅多に使わなくなりました?
くどおたる=はいていた。靴、下駄、靴下などは「くむん(首里語では「くぬん」)」といいます。「はちゅん」とは言いません。「はちゅん」は「佩く」(刀などを佩く)の意味と「首に掛ける」類の意味となります。例:「があら玉はちゅん(勾玉を首に掛ける)」。
ウランダーに=「ウランダーなかい」でもよいです。助詞は琉歌において、韻数の関係もあって、日本語の「に」を使うことが習慣化され、民謡歌詞や口語にまで影響を受けていますが、まだ「なかい」「なかへ」「んかい」の方が圧倒的に優勢です。筆者もつられて、今回「に」を使いました。
そうらってぃ=つれられて。
はいたん=「走いたん(「走ゆたん)」。「はゆん」は「(川、船、馬等)が早く流れる、走る」の意味です。口語ではニュアンス的には「去る」の意味もありますので、筆者は多くは「去ゆたん」と当てることがあります(要注意)。「行っちゃた」の訳として「はいたん」は、語呂が軽いし、寂しいという意見もあり、「行ちゃびたん(丁寧文)」でも良いのではないかと議論しましたが、オリジナルの意味を優先しました。
今ぐるや=今頃は。「今では」は直訳すると「今やれえ」「今やらあ」等となりのですが、変な文章になりますので、「今ぐるや」が適切だということになりました。
「青るう目」=変ではありますが、他の語を用いれば、オリジナルが完全に壊れます。
う国んかい=「う国に」「う国(ん)かへ」でも良いですが、歌詞の語呂としても変ではないので、口語使いにしました。
思ゆん=沖縄語では「考える」意味もあります。「考えゆん」は構えて、意味が強すぎますので、「思ゆん」にしてあります。

註:「赤い靴」ぬモデルとぅなたる「異人さん」や、アメリカ人宣教師どぅやんでぃぬ事やいびいん。やいびいしが、うぬ人お、モデルとぅなたる女童ぬ事お、分からんたんでぃぬ事やいびいん。女童え、母親ぬ再婚する為、実ねえ、親戚ぬ人が施設んかい預きらったんでぃぬ事やいびいしが、うぬ親戚ぬ人お、母親、心配しみらん為なかい、実在ぬアメリカ人宣教師んかいどぅ預きてえるんてぃ、嘘物言いさんでぃぬ事やいびいん。あんし、うぬ女童、施設ぬ中んじ、母親ぬ事、思やがなあ、けえ亡あちゃんでぃぬ事やいびいん。

      

 新春番組んじ「O-1」んでぃゆるむぬぬあいびいたん。
 「沖縄漫才ぬナンバー1」決(ち)わみゆる番組やいびいたしが、年若(とぅしわか)さる男(ゐきが)、なあだ20代どぅやいびいる筈(はじ)、ぬうちなあぐち混(ま)んきやあに、漫才そおいびいたん。
 紙(かび)んかい書かっとおる日本語ゆうちなあぐちし、叫(あ)びてぃ、笑(わら)あする積むええそおるむんやいびいたしが、我(わあ)が、面白(うむ)さんでぃ思(うみ)たしえ、「アメリカ人」ぬ事(くと)お、当たい前(めえ)ぬ事(くとぅ)、「アミリカー」んでぃ言ちょおいびいたしが、次ぬ「オランダ人」ぬん、またうぬ次ぬ「ドイツ人」ぬん、同(い)ぬ如(ぐとぅ)、「アミリカー」んでぃ言ちょおびいたん。うぬかじ、会場んかいめんせえびいたる人(ちゅ)ん達(ちゃあ)や、大笑(ううわれ)えそおいびいたん。

 大概(てえげえ)ぬ戦後生(いくさあとぅん)まりぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)にとぅてえ、占領軍とぅさあに、居(をぅ)たる米軍人とぅうったあ家組(やあぐな)あ当たい前ぬ事、米国人くうとぅぬ「外国人」ぬん、いっそうから、「アミリカー」んでぃちる言ちょおいびいたる。「アミリカー」や外国人ぬ代名詞とぅけえなとおたるばすやいびいん。

 やいびいしが、大概(てえげえ)、戦前生(ん)まりぬ人ん達や、「外国人」ぬんかい、「ウランダー」んでぃ言(ゆ)い、『沖縄語辞典』ぬんかいん、うん如(ぐとぅ)うし、書かっとおいびいん。また、戦後生まりぬ人ん達やてぃん、『沖縄語辞典』絶対主義者やる人ん達とぅ同ぬむん、「外国人」ぬ事お、今(なま)ちきてぃ、「ウランダー」んでぃる言ゃびいる。

 「アミリカー」んでぃち言ちょおる人ん達や、自(どぅう)なあ達目(みい)し、見(ん)ち、肝(ちむ)ぬ思いからあん言ちょおるむぬやいびいしが、「ウランダー」んでえ、江戸時代(いどぅゆう)ぬヤマトゥぬ「蘭学」んでぃゆる言葉から来ゃるむぬなやあに、琉球(るうちゅう)んじえ、外国人ぬ代表とぅさあに、使あらってぃ来ゃるばすどぅやる、実(じゅん)に「オランダ人」ぬ、居(をぅ)いまんどおたる訳(わき)えあいびらん。

 江戸時代ぬ日本語於(をぅ)とおてえ、西洋文化、芸術、技術ぬ事お、「蘭学」んでぃ言ちょおびいたしが、今(なま)ぬ日本語於とおてえ、ちゃんとぅ、「西洋学」んかいなとおいびいん。うちなあぐちん、何(ぬう)ん死語とぅしち、くふぁじりとおる訳(わき)え、あいびらんどぅあくとぅ、『沖縄語辞典』ぬんかい書かっとおくとぅんでぃち、強(しいいて迄(までぃ)、「ウランダー」んでえ言らんようい、「外国(ぐぁいくく)」とぅか、なあふぃん、ましやる(適切)やる言葉(くとぅば)んかい、改みてぃん済(し)んでぃ思いしがやあ。
 あんしまた、「やまとぅ」とぅか、他にん、言葉遣えにちいてぃ、言い欲しゃる事ぬまんどおいびん。


【語句】
新春番組んじ「O-1」んでぃゆるむぬぬ=新春番組で「O-1」というものが。「むぬぬ」の後の「ぬ」は格助詞。
あいびいたん=ありました。非丁寧文は「あたん」。
沖縄漫才ぬナンバー1決わみゆる番組やいびいたしが=沖縄漫才のナンバーⅠを決める番組でしたが。非丁寧文は「~やたしが」。
年若さる男、なあだ20代どぅやいびいる筈=年若い男、まだ20代なのかも。非丁寧文は「~どぅやる筈」。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言「やいびいん」は連体形「やいびいる」で結びます。
ぬうちなあぐち混んきやあに=が、沖縄語を混ぜて。「混んきやあに」は「混んきてぃ」でも「混んきやあま」でもよいです。
漫才そおいびいたん=漫才をしていました。
紙んかい書かっとおる日本語ゆ=紙に書かれた日本語を。「日本語ゆ」の「ゆ」は日本語の「を」。通常は話しことばでは使用しないが、ここでは、文脈上あえて使用しました。
うちなあぐちし、叫びてぃ=沖縄語でしゃべり。「叫びゆん」は「叫ぶ」や「吠える」の意味ですが、文例のように地方によっては「喋る」の意味で使用されます。例:「うちなぐち叫びれえ」(沖縄を喋れ)。
笑あする積むええそおるむんやいびいたしが=笑わす積もりのものでしたが。非丁寧文は「~むんやたしが」。
我が、面白さんでぃ思たしえ=私が面白いと思ったのは、
「アメリカ人」ぬ事お、当たい前ぬ事=「アメリカ人」の事は、勿論、
「アミリカー」んでぃ言ちょおいびいたしが=「アミリカー」といってましたが。「アミリカー」は合音で、「アメリカー」は開音。開音のeは合音ではiになります。ちなみに、「ウランダー」は合音で開音は「オランダー」です。
次ぬ「オランダ人」ぬん=次の「オランダ人」も
またうぬ次ぬ「ドイツ人」ぬん=又その次の「ドイツ人」も
同ぬ如=同様に。「同ぬ」は「ゆぬ」と発音する地方も多いです。
「アミリカー」んでぃ言ちょおびいたん=「アミリカー」と言ってました。非丁寧文は「~言ちょおたん」。
うぬかじ、会場んかいめんせえびいたる人ん達や=その都度、会場の居たお客さんは。「めんせえびいたん」の非丁寧文は「めんせえたる」で、非対目上語は「居たる」。
大笑えそおいびいたん=大笑いしていました。非丁寧文は「~そおたん」。
大概ぬ戦後生まりぬ人ん達にとぅてえ=たいていの戦後生まれの人々にとっては、
占領軍とぅさあに=占領軍として。「占領軍とぅしち」でも良いです。
居たる米軍人とぅうったあ家組あ当たい前ぬ事=居た米軍人とその家族はもちろん。「家組」は「家人数(やあにんず)」とも言います。
当たい前ぬ事、米国人くうとぅぬ「外国人」ぬん=当然、米国人以外の「外国人」も
いっそうから、「アミリカー」んでぃちる言ちょおいびいたる=かたっぱしから、「アミリカー」といっていました。非丁寧文は「~言ちょおたる」。
「アミリカー」や外国人ぬ代名詞とぅ=「アミリカー」は、外国人に対する代名詞と
けえなとおたるばすやいびいん=なってしまっていたわけです。非丁寧文は「~ばすやたん」。
やいびいしが=ですが、
大概、戦前生まりぬ人ん達や=概ね、戦前生まれの人々は、
「外国人」ぬんかい、「ウランダー」んでぃ言い=「外国人」に「ウランダー」と言うし、
『沖縄語辞典』ぬんかいん=『沖縄語辞典』にも
うん如うし、書かっとおいびいん=そのように記述されています。
また、戦後生まりぬ人ん達やてぃん=戦後生まれの人々でさえ、
『沖縄語辞典』絶対主義者やる人んとぅ同ぬむん=『沖縄語辞典』絶対主義者である人々同様、
「外国人」ぬ事お、今ちきてぃ=外国人のことはいまだに、
「ウランダー」んでぃる言ゃびいる=「ウランダー」と言います。非丁寧文は「~言る」。「どぅ」については前述。
「アミリカー」んでぃち言ちょおる人ん達や=「アミリカー」と言う人々は、
自なあ達目し見ち=自らの目で、見て
肝ぬ思いからあん言ちょおるむぬやいびいしが=感覚的にそう言っているのですが。非丁寧文は「~むぬやしが」。
「ウランダー」んでえ=「ウランダー」とは
江戸時代ぬヤマトゥぬ「蘭学」んでぃゆる言葉から=江戸時代の本土の「蘭学」という言葉から
来ゃる言葉なやあに=来たものであり、
琉球んじえ、外国人ぬ代表とぅさあに=琉球では、外国人の代名詞として
使あらってぃ来ゃるばすどぅやる=使用されているのあって。沖縄語原文は逆接ではないが、「どぅ」を使用することによって、ニュアンスとして逆接的に訳しているものです。「どぅ」は記述。
実に「オランダ人」ぬ=本当にオランダ人が、
居いまんどおたる訳えあいびらん=大勢いたわけではありません。非丁寧文は「訳えあらん」。「居いまんどおたん」は直訳すれば「居て たくさんいた」?。他例:「咲ちまんどおたん(咲き誇っていた)」「落てぃまんどおたん」(たくさん落ちていた)等。慣用句として覚えてしまいましょう。
江戸時代ぬ日本語於とおてえ=江戸時代の日本語では
西洋文化、芸術、技術ぬ事お=西洋文化、芸術、技術の事は、
「蘭学」んでぃ言ちょおびいたしが=「蘭学」と称していましたが。非丁寧文は「~言ちょおたしが」。
今ぬ日本語於とおてえ、ちゃんとぅ=現代の日本語では、ちゃんと、
「西洋学」んかいなとおいびいん=西洋学となっています。非丁寧文は「~なとおん」。
うちなあぐちん、何ん死語とぅしち、くふぁじりとおる訳え=沖縄語も何も死語硬直してしまっているわけでは。
あいびらんどぅあくとぅ=ありませんので。非丁寧文は「あらんくとぅ」。
『沖縄語辞典』ぬんかい書かっとおくとぅんでぃち=『沖縄語辞典』に載っているからといって、
強いて迄、「ウランダー」んでえ言らんようい=無理に「ウランダー」とは言わずに、
「外国」とぅか、なあふぃん、ましやる=「ぐぁいくく)」とか、もっと、適切な、
言葉んかい、改みてぃん済んでぃ思いやびいしがやあ=言葉に改めてもいいのではないかと思いますがね。非丁寧文は「~思いしがやあ」。
あんしまた、「やまとぅ」とぅか、他にん=そして、また、「やまとぅ」とか、他にも
言葉遣えにちいてぃ=言葉遣いについて
言い欲しゃる事ぬまんどおいびん=言いたいことがおおくあります。非丁寧文は「~まんどおん」。

 ぐすうよう、いい正月(しょうぐぁち)でえびる。
 今年ん、ゆたさる如(ぐとぅ)、う願(にげ)えさびら。
 世界(しけ)平和(ひいわ)が何時迄(いちまでぃ)ん、むとぅうち行ちゅる如、願(にが)やびら。
 また、うんじゅなあ、うんじゅなあたあぬからた勝い、願やびら。

 去年(くず)お、まる半年が間(ゑえだ)、家(やあ)ぬ庭(なあ)、自一人(どぅうちゅし)し、大改造(うふぶしん)すんでぃち、ひまだありけえそおびいたん。
 庭ぬ木(きい)ん五本ぬん切(ち)ちゃい、寄(ゆ)したい、また、土(んちゃ)取(とぅ)てぃ、市役所んかい持(む)たちゃい、コンクリーとぅかブロッグんかい穴空きたい、シミン合あちゃい、ブロック積(ちだ)いし、さっこう、しいら入っちょおいびいたん。
 うぬ御蔭(うかじ)なかい、今迄、なてえ居(をぅ)らんたる樋(てぃい)とぅか庭からぬ排水ん、屋敷(やしち)ぬ周(まあ)いんかいある市ぬ溝小(んずぐぁあ)んかい、ちゃんとぅ、流らする事(くとぅ)ぬないびたん。序でぃに、いふぃ小や、やいびいしが、和式庭園らあしくなとおいびいん(自敬え小)。 
 
 あんさあに、くぬブログ書ちゅしん、なんぞおないびらんたしが、今年からあ、いふぇえ、なあふぃん、ブログ書ちいさなんでぃ、思(うみ)いとおいびいん。

 やいびいしが、家ぬ後(くさあ)ぬ細庭ん、改造さんでえないびらんくとぅ、ちゅてえや、ブログ書ちいん、ままならん筈(はじ)やいびいしが、うりかあや、くねえてぃ、呉(くぃ)みそおり。

【語句】
ぐすうよう、いい正月でえびる=みなさん、よいお正月でございます。非丁寧文は、実際は使用されていませんので紹介するのもはばかりますが、しいて言えば、普通で「いい正月やん」、強調助詞を使うと、「いい正月どぅやる」、さらにその約まった形は「いい正月でる」等。「ぐすうよう」は「御衆よう」との当て字もあります。「でえびる」は、田舎に多い言い方(ほんの少し丁寧な言い方か?)は「でいびいる」、「でいびる」。「どぅ やいびいる」が約まった言い方ですが、首里語系は約まり過ぎ?。「どぅ」はご存知強調を表わす助詞です。伊波普猷編『琉球戯曲集』の「孝行の巻」に「だやべる」(開音表記、合音表記は「でいびる」)を解説した記事がありますが、「どややべる(合音では「どぅややびる」)の約まった形」(「孝行の巻」)と解説されています。
今年ん=今年も。話しことばでは、主には「今度(くんどぅ)」です。
ゆたさる如、う願えさびら=よろしくお願いします。うちなあぐちでは、未然形を使います。他例:「さびら(しましょう)」、「行ちゃびら(いきましょう)」等。「ゆたさる如」については「ゆたしく」は「間違い説」がまかり通っていますが、「良たさる如」も「ゆたさん」の連用形として「ゆたしく」も同じ意味であり、どれを使用するかは使用者の感性できめるべきものです。『沖縄語辞典』の文例に「九月なたくとぅ、肌持ちぬゆたしくなとおん」(九月になったので、肌で感じる気候がよくなった)というのがあります。
世界平和が何時迄ん=世界平和が何時までも
むとぅうち行ちゅる如、願やびら=つづきますように願いましょう。非丁寧文はあまり使用しませんが。「願ら」。「願やびら」は「祈念します」と訳した方がよいでしょう。うちなあぐちでは、「願う」ことと「祈る」ことはセットです。ちなみに、拝み不足の事を「御願不足(うぐぁんぶすく)」といいます。
また、うんじゅなあ、うんじゅなあたあぬ=また、あなたがたの。「うんじゅなあ、うんじゅなあ」は単に「うんじゅなあたあ」でもよいですが、繰り返すことで、ひとりひとりに語りかけている風です。もちろん、これらに代えて「ぐすうよう(みなさん、みなさま)」でも構いません。
からた勝い、願やびら=ご健康を(お祈り)祈念します。
去年お、まる半年が間=昨年は、まる半年間も、
家ぬ庭、自一人し=家の庭を一人で、
大改造すんでぃち=大改造しようと、
ひまだありけえそおびいたん=時間を費やしました。非丁寧文は「~けえそおたん」。「けえ」は「~してしまう」の意味の副詞で動詞の前に付きます。
庭ぬ木ん五本ぬん切ちゃい、寄したい=庭木を五本も伐採したり、移動したり、
また、土取てぃ、市役所んかい持たちゃい=また、土を取って市役所に持たせたり、
コンクリートとブロックんかい穴空きたい=コンクリートやブロックに穴を空けたり、
シミン合あちゃい、ブロック積いし=セメントをこねたり、ブロックを積んだりと。「シミン」は「セメント」の事ですが、『沖縄語辞典』には載っていません。
さっこう、しいら入っちょおいびいたん=とても、苦労しました。非丁寧文は「~入っちょおたん」。「さっこう」は主には悪い意味で使います。「しいら(苦悩、難儀、災難、哀れ等の意味)」は慣用的に「しいら入ゆん」の連語で使用します。
うぬ御蔭なかい=おかげさまで、
今迄、なてえ居らんたる=これまで、駄目だった
樋とぅか庭からぬ排水ん=庭や樋からの排水も
屋敷ぬ周いんかいある市ぬ溝小んかい=屋敷の周囲にある市の溝に、
ちゃんとぅ、流らする事ぬないびたん=ちゃんと、排水する事ができました。非丁寧文は「~事ぬなたん」。
序でぃに、いふぃ小や、やいびいしが=序でに、ほんのちょっとですが。非丁寧文は「~やしが」。
和式庭園らあしくなとおいびいん(自敬え小)=和式庭園らしくなっています(手前味噌)。非丁寧文は「~なとおん」。「らあしく」は「らしく」(日本語の影響?)。似たような語には「~ぎさあ」(終止形は「~ぎさん」)があります。例:「和式庭園ぎさあなとおん」。「ぎさん」は形の上では一応、形容詞ですが、用言(動詞等)に付く場合は推量の意味にもなり、名詞に付く場合は、「男らしい」の「らしい」等の意味になります。 
あんさあに、くぬブログ書ちゅしん=ですから、このブログを書くのも、
なんぞおないびらんたしが=あまりできませんでしたが。非丁寧文は「~ならんたしが」。
今年からあ、いふぇえ、なあふぃん=今年からは少しはもっと、
ブログ書ちいさなんでぃ=ブログ書きをしようかと、
思いとおいびいん=思います。非丁寧文は「思うとおん」。
やいびいしが=ですが。非丁寧文は「やしが」。
家ぬ後ぬ細庭ん=家の裏の小庭も
改造さんでえないびらんくとぅ=改造しなければなりませんので。非丁寧文は「~ならんくとぅ」。
ちゅてえや、ブログ書ちいん=少しの間は、ブログ書きも
ままならん筈やいびいしが=ままならないかもしれませんが。非丁寧文は「~筈やしが」。
うりかあや、くねえてぃ、呉みそおり=そこらへんについてはお許しください。非対目上語「~呉り」「呉りえ」。「くりかあや」の訳は直訳調ですが、「それについては」程度に訳した方がよいかもしれません。「くねえゆん」は「堪える」から来た語と思われます。

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