うちなあぐち日記

うちなあぐちえ 聴ち美らさ 語い美らさ 書ち美らさ

2012年01月

 ぐすうよう、いい正月(しょうがわち)でえいびる。
 うちなあんじえ、ニ(た)けんなあん、正月ぬ挨拶(ええさち)さんでえないびらん。正月そおな、御祝(うゆえ)えや、幾(いく)けんあてぃん、済(し)まびいしが、本当(ふんとう)ねえ、じるんち、決(ち)わみらんあれえ、ならのおあらん筈(はじ)びいしが、我(わん)ねえ、何(ぬう)やてぃん済むるうなやあに、ましやんでぃ思(うま)ありいるむぬお、むるそおいびいん。
 今日(ちゅう)や、仏壇(ぶちだ)ぬんかい、果物(ないむん)にくぁっちいそおなむぬかざやあに、御香(うこう)とぅぶち、立てぃゆるるうっぴどぅやいびいる。旧暦ぬ十六日(じゅうるくち)え、また、後生(ぐしょう)ぬ正月やいびいくとぅ、うんにいねえ、ちゃんとぅさんでえないびらん。
 やいやさびいしが、うちなあんかいや、正月え、ニけんやあらん、実(じゅん)に、正月ぬまんどおいびいん。
 アミリカ正月(クリスマス)から、ヤマトゥ正月(新正月)、うちなあ正月(旧正月)あんしまた後生ぬ正月。
 やいびいしが、今度(くんどぅ)ぬ冬ぬうわあちちえ、でえじな、悪(や)なうわあちちんでぃ思(うむ)やびいん。長雨(ながあみ)んやい、ふみち、洗濯物(しんたくむ)ぬん、乾(かあ)らかんあい、実に、異常気象成とおいびいさ。

【語句】
ぐすうよう=皆様がた、
いい正月でえいびる=いいお正月です。非丁寧文は「いい正月どぅやる」ですが、実際には使いません。「でえいびいる」は「い」が略された「でえびる」が多く使われます。
うちなあんじえ=沖縄では。「沖縄於(をぅ)とおてえ」でもよいです。
ニけんなあん=二回も。「二なあ」で「二回」。「ん」は「も」。
正月ぬぐ挨拶=正月のご挨拶を。口語では「を」に対応する助詞「ゆ」は使用されません。
うんぬきらんでえないびらん=申し上げないとなりません。「さんでえないびらん」でもよいです。非丁寧文は「~ならん」。
正月そおな=正月のような、
御祝えや=御祝いは、
幾けんあてぃん=何度あっても、
済まびいしが=よいのすが。「済むん」は「良い」という意味に使われます。「良たさいびいしが」よりも、多く使います。非丁寧文は「済むしが」。首里語では「しぬしが」。
本当ねえ=本当は。「本当や」でも、勿論かまいません。
じるんち=どれと。「じるんでぃち」の略ですが、口語では多く使います。ちなみに、私も口語でこれを使いますが、文章語では、仰々しく、「んでぃち」を使う癖がついてしまっています。
決わみらんあれえ=決めなければ。「決わみらんでえ」でもよいです。
ならのおあらん筈びいしが=いけないのかもしれませんが。非丁寧文は「~筈やしが」。文例はまわりくどい言い方です。簡単に「ならん筈やいびいしが」でも良いです。
我ねえ=私は。地域によっては「我のお」。「我や」は文語的ですが、口語でも使われます。
何やてぃん済むるう=無頓着。直訳すれば「どうでも良いヤツ?」。「済むん(首里語では「済ぬん」)」は進行形はありませんが、動詞進行基本形(語尾の「ん」を省いた形)に「るう」を付けると、その「動作を継続している「の」の意味になります。基本形に「るう」の場合でも成立はしますが、殆ど使われません。例:「立っちょおるう」、「待っちょおるう」など。
なやあに=なり。「なてぃ」でもよいです。
ましやんでぃ=良いと。「ましやん」は日本語の「まし」の意味もありますが、多くは「よい」、「好き」などの意味となります。
思ありいるむぬお=思われるものは、
むるそおいびいん=全部しています(実行しています)。「むる」は「全部」。「諸」を当てることがあります。非丁寧文は「むるそおん」。
やいびいしが=ですが。非丁寧文は「やしが」。
今日や=今日は。
仏壇ぬんかい=仏壇に、
果物にくぁっちいそおなむぬかざやあに=果物にご馳走を供え。「かざやあに」は「かざてぃ」でもよいです。文章語しては後者の方が多いか?。例:「今日ぬゆかる日に炭とぅ昆布かざてぃ」。
御香とぅぶち立てぃゆるうっぴどぅやいびいる=線香を点して立てるだけである。「とぅぶすん」は「点す」。「うっぴ」は「~だけ」。「どぅやいびいる」は「でえびる」でもよいです。
旧暦ぬ十六日え=旧暦十六日は、
また、後生ぬ正月やいびいくとぅ=また、後生(なくなられた方々)の正月ですので。非丁寧文は「~やくとぅ」。
うんにいねえ=そのときは、
ちゃんとぅさんでえないびらん=ちゃんと、(お供えなどを)しなければなりません。
うちなあんかいや=沖縄には、
実に=本当に
正月ぬまんどおいびいん=正月が多いです。非丁寧文は「~まんどおん」。
アミリカ正月(クリスマス)から、ヤマトゥ正月(新正月)、うちなあ正月(旧正月)あんしまた後生ぬ正月=アメリカ正月から、日本正月、沖縄正月それに後生の正月。
やいびいしが=ですが、
今度ぬ冬ぬうわあちちえ=今年の冬の天候は。「うわあちち」は天気。日本語の影響で「てぃんち」ともいう。
でえじな=大変、
悪なうわあちちんでぃ思やびいん=いやな天候だと思います。非丁寧文は「~思ゆん」。
長雨んやい=長雨でもあるし、
ふみち、洗濯物ぬん=湿気が多く、洗濯物も。「ふみちゅん」は「湿気が多く生暖かい」様子を意味する動詞。「洗濯物ぬん」は「しんたくむん」のよう「ん」を語尾とする名詞などに並列を表わす助詞「ん」が付く場合は、「ん」の連続を避けるために、「ぬん」となります。この場合の「ぬ」は名詞語尾の「n」が「nu」に変化したものと考えられますが、ど同時に並列を表わす「n」の前に「u」が付いたものとも解釈できないこともないので、私は通常の並列助詞「ん」と音が違うことを示すために「送り仮名」のように外に出しています。当然「洗濯物ん」と表記して、「シンタクムヌン」と発音しても良いわけです。
乾らかんあい=乾かないし。「乾(かあ)らちゅん」は「乾く」。「乾らかん」は「乾かない」。
実に=本当に、
異常気象成とおいびいさ=異常気象になっているよ。非丁寧文は「~成とおさ」。

 石垣市白保(いしがちしすさぶ)んじえ、カジマヤー(九十七ぬ御祝え)ぬ事(くと)お、「マンタラー」(又、マンタラ、マンダラー)んでぃ言ちょおいびいん。八重山勤(いぇえまちみ)そおたる事(くとぅ)んあい、また、幾件(いくけ)ぬん、行(い)ち戻(むどぅ)いさる事(くとぅ)んあいびいしが、「マンタラー」んでぃぬ言葉あ、初(はじ)みてぃ、聞(ち)ちゃびたん。
 八重山毎日新聞(いぇえまめえなちしんぶん)ぬ記事(ちじ)んかいん、白保んじぬマンタラー御祝(うゆえ)えぬ事ぬ書かっとおいびいたん。
 マンタラーんでえ、何(ぬう)ぬ意味がやえらんでぃち、地元ぬ人(ちゅ)んかい、尋(たじ)にてぃん、「白保ぬ方言」んでぃる返事(ふぃじ)びけんなてぃ、我(わん)んねえ、肝(ちむ)ぬふぃじゃびらんたん。
 
 うちなあぐちえ、日本語祖から分かりてぃ来(ち)ゃんでぃ言ゃっとおいびいしが、サンスクリット語ぬ語彙とぅ似ちょおるむぬんあんでぃ言ちょおる人ん居みせえん(上原正稔氏)。かわてぃ、うちなあぬ女(ゐなぐ)ぬ昔名(なかしなあ)ぬ、カナ、カマ、カマレー、ナビイ、ウシんでえぬ名や、サンスクリット語から来ちょおるむぬお、あらんがあらんでぃ言ちょおいびいん。

 やいびいくとぅ、「マンタラー」ん、ゆうしいねえ、サンスクリット系ぬ言葉がやらんでぃ思(うむ)やあに、「曼荼羅」ぬ積(ち)むええやあらんがやあでぃち、思やびたん。

 物(むぬ)ぬ多(うふ)くある事んかい、「まんどおん」んでぃん言(ゆ)い、また、物ぬ満ちとおる事んかい、「まんたきい」んでぃ言ゃびいん。うんな「まん」とぅ何がな関係んあいがさびいら?。

 なあ一(てぃ)いち分かたしえ、「カチャーシー」ぬ事お、白保んじえ、「モーヤー」んでぃ言ちょおる事やいびいたん。

【語句】
石垣市白保んじえ=石垣市白保では、
カジマヤー(九十七ぬ御祝え)ぬ事お=カジマヤーの事は、
「マンタラー」んでぃ言ちょおいびいん=「マンタラー」といいます。非丁寧文は「~言ちょおん」。
八重山勤そおたる事んあい=八重山勤務をしていたこともあり、
また、幾件ぬん=また、幾度も、
行ち戻いさる事(くとぅ)んあいびいしが=行ったり来たりしたこともありますが。非丁寧文は「~あしが」。
「マンタラー」んでぃぬ言葉あ=「マンタラー」という語は
初みてぃ、聞ちゃびたん=初めて聞きました。
八重山毎日新聞ぬ記事んかいん=八重山毎日新聞の記事にも
白保んじぬマンタラー御祝えぬ事ぬ=白保でのマンタラー祝いの記事が
書かっとおいびいたん=書かれていました。非丁寧文は「書かとおたん」。
マンタラーんでえ=マンタラーとは
何ぬ意味がやえらんでぃち=何の意味なのかと
地元ぬ人んかい、尋にてぃん=地元の人に訊いても、
「白保ぬ方言」んでぃる返事びけんなてぃ=白保の方言だとの返事だけで
我んねえ=私は。「ねえ」はヤ系係助詞で、「我」に対してのみ用いる。
肝ぬふぃじゃびらんたん=満足しませんでした。
うちなあぐちえ=沖縄語は、
日本語祖から分かりてぃ来ゃん=日本祖語から分かれてきた
でぃ言ゃっとおいびいしが=といわれていますが、
サンスクリット語ぬ語彙とぅ=サンスクリットの語彙と
似ちょおるむぬんあんでぃ=似ているのもあると
言ちょおる人ん居みせえん(上原正稔氏)=主張している人もいらっしゃいます。非対目上語は「居ん」。
かわてぃ=とくに、
うちなあぬ女ぬ昔名ぬ=沖縄女性の昔の名前の
カナ、カマ、カマレー、ナビイ、ウシんでえぬ名や=カナ、カマ、カマレー、ナビイなどの名前は、
サンスクリット語から来ちょおるむぬお=サンスクリット語から来ているものでは、
あらんがあらんでぃち言ちょおいびいん=ないかと述べています。非丁寧文は「~言ちょおん」。
やいびいくとぅ=ですから、
「マンタラー」ん=「マンタラー」も
ゆうしいねえ=ひょっとしたら、
サンスクリット系ぬ言葉がやらんでぃ思やあに=サンスクリット系の語なのかと思い、
「曼荼羅」ぬ積むええやあらんがやあでぃち=「曼荼羅」の意味なのではないのかと
思やびたん=思いました。非丁寧文は「思たん」。
物ぬ多くある事んかい=物が多くある様に
「まんどおん」んでぃん言い=「まんどおん」と言うし、
また、物ぬ満ちとおる事んかい=また、ものが満ちている様に
「まんたきい」んでぃ言ゃびいん=「まんたきい」と言います。非丁寧文は「~言ん」。
うんな「まん」とぅ=そのような「まん」と
何がな関係んあいがさびいら=何らかの関係があるのだろうか。非丁寧文は「関係んあいがすら」。
なあ一ち=もう一つ
分かたる事お=発見したことは、
「カチャーシー」ぬ事お=「カチャーシー」の事は、
白保んじえ=白保では、
「モーヤー」んでぃ=「モーヤー」と、
言ちょおる事やいびいたん=言ってることでした。非丁寧文は「~事やたん」。

 但し、本島語で「モーヤー」は「舞(も)うやあ」、即ち「舞う人」のことです。しかし、白保のここでの「ヤー」は、「その動作を実行する者」という意味を表わす本島語なのではなく、恐らく、本島語の「~ええ」(例;おおええ、があええ、むぬ明かせえ、走ええ)の意味なのでしょうか。つまり、「モーヤー」を沖縄語風に言うと、「モーエー」なのでしょうか?。
 また、序に、私は(恐らく私だけだと思いますが)、この「ええ」に「合」を当てることがあります。

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