うちなあぐち日記

うちなあぐちえ 聴ち美らさ 語い美らさ 書ち美らさ

2011年11月

 昨日(ちぬう)ぬ日曜日、ウォーキングそおたるばすぬ話どぅやいびいる。
 うぬ日(ふぃい)や、夕さんでぃ迄(までぃ)、煩(わちゃ)らゆる事(くとぅ)ぬまんでぃ、ウォーキングんかい行ちゅる時間ぬにっかけえ成とおいびいたん。家(やあ)から出(ん)じたるばすお、きっさ、夕間暮(ゆまんぐぃ)いなやあに、空(すら)あ、赤(あこ)う黒(くろ)う成とおいびいたん。コースお、周(まあ)いや、ううじ畑成とおるぬアスファルト農道(はるみち)。
 コースぬ半らんかい、来(ち)ゃるばす、まんぐらんかいあたる墓ぬ側(すば)から、家(やあ)ぬ丈(たき)ぐれえぬ高人(たかっちゅ)らあさる者(むん)ぬ、我側(わあはた)んかい向(ん)かてぃ、来ゃあびいたん。ふぃるましんむんでぃ、思(うむ)やびとおる間(ゑえだ)にん、うぬ巨人(まぎっちゅ)お、我側んかい、ばんない、近寄(ちかゆ)てぃ来ゃあびいたん。
 近寄ゆるさく、足音(あしとぅ)迄(までぃ)、異風(いふう)なあやる事(くとぅ)ぬ分かやびたん。うぬ足音や、「カッッカッカ」んでぃち、鉄鳴(かにな)いそおいびいたん。
 うぬ者お、みったい、何(ぬう)さる者(むん)がやらんでぃ、思てぃ、うぬまあま、ちゃあ歩っちさあに、近寄たれえ、「あっはあ」んでぃ合点(がてぃん)さびたん。
 行(い)ちえ違(ちじぇ)えすぬばす、あったばじょうどぅやいびいたしが、馬(んま)んかい乗(ぬ)とおる男(ゐきが)どぅやいびいたる。頭(ちぶる)んかいカウボーイハット被(かん)てぃ、年(とぅし)え、分からのおあいびいたしが、一目(ちゅみ)や、我見(な)あびたん。うぬ人が連(そ)おとおる白犬小(しるいんぐぁあ)ん、我側通てぃ行ちゃびたん。
 童(わらび)ぬばすお、馬車持ちゃあん、馬乗やあん、まんどおたるむぬ、なあ、何十年(なんじゅうにん)が間、馬車ん馬乗やあん、見(ん)ちぇえなあびらんたん。

【語句】
昨日ぬ日曜日=昨日の日曜に、
ウォーキングそおたるばすぬ=ウォーキングしていたときの
話どぅやいびいる=話なのです。非丁寧文は「話どぅやる」。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言「やいびいる(「やん」の丁寧語)」は連体形「やいびいる(やる)」で結びます。
うぬ日や=その日は、
夕さんでぃ迄=夕方まで、
煩らゆる事ぬまんでぃ=煩わし事が多く、
ウォーキングんかい行ちゅる時間ぬ=ウォーキングに出かける時間が
にっかけえ成とおいびいたん=遅くなってしまいました。「にっか」は時間的に遅い事を表わします。
家から出たるばすお=家からでたときは、
きっさ=とっくに、
夕間暮いなやあに=夕間暮れになって、
空あ、赤う黒う成とおいびいたん=空は薄暗くなっていました。非丁寧文は「~成とおたん」。
コースお=コースは、
周(まあ)いや=周りが、
ううじ畑成とおるぬアスファルト農道=キビ畑なっているアスファルト農道。
コースぬ半らんかい、来ゃるばす=コースの半ばに、来たとき、
まんぐらんかいあたる墓ぬ側から=近くにあった墓の側から、
家ぬ丈ぐれえぬ高人らあさる者ぬ=家の高さほどもあろうかと思われる者が、
我側んかい向かてぃ=私の方に向かって、
来ゃあびいたん=来きました。非丁寧文は「来ゃん」。
ふぃるましんむんでぃ、思やびとおる間にん=妙だと思っている間にも。非丁寧文は「思とおる間」。「ふぃるましいむん」は「珍しい」「不思議」「奇妙」などの意味があります。
うぬ巨人お=その巨人は、
我側んかい=私の方に、
ばんない=どんどん、
近寄てぃ来ゃあびいたん=近づいてきました。非丁寧文は「近寄てぃ来ゅうん」。
近寄ゆるさく=近づくにつれ、近づくほどに、
足音迄、異風なあやる事ぬ分かやびたん=足音迄、変であることが、分かりました。非丁寧文は「~分かたん」。
うぬ足音や=その足音は。「足音」は「あしうとぅ」とも言います。
「カッッカッカ」んでぃち=「カッカッカ」と
鉄鳴いそおいびいたん=金属音がしていました。非丁寧文は「鉄鳴いそおたん」。
うぬ者お=その者は、
みったい、何さる者がやらんでぃ=一体、何者なのかと、
思てぃ=思い、
うぬまあま、ちゃあ歩っちさあに=そのまま、歩き続け。「ちゃあ」は「ずっと、~し続ける」の意味の副詞で、動詞の前に付きます。
近寄たれえ=近づくと、
「あっはあ」んでぃ合点さびたん=「ああ(成る程)」と、納得しました。非丁寧文は「合点さん」。
行ちえ違えすぬばす=すれ違うとき、
あったばじょうどぅやいびいたしが=ちょっと見でしたが。非丁寧文は「~やたしが」。「あったばじょう」は「ちょっと見」。「どぅ」は前語を強調する助詞で、通常は次にくる用言は連体形で結びますが、用言が接続文(逆接文)で接続詞が付く場合は連体形で結ぶことはありません。
馬んかい乗とおる=馬に乗った
男どぅやいびいたる=男なのでした。非丁寧文は「男どぅやたる」。「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる「やいびいん」は連体形「やいびいたる」で結ぶ。
頭んかいカウボーイハット被てぃ=頭にカウボーイハットを被り、
年え、分からのおあいびいたしが=年は分かりませんでしたが。非丁寧文は「~分からのおあたしが」。「分かやびらんたしが(分かんしが)」という言い方の方が多いかもしれません。
一目や、我見あびたん=私を一瞥しました。
うぬ人が連おとおる=その人が連れていた
白犬小ん=白い子犬も
我側通てぃ行ちゃびたん=私の側を通って行きました。非丁寧文は「~行じゃん」。
童ぬばすお=子供の頃は、
馬車持ちゃあん、馬乗やあん=馬車持ちも、馬乗りも、
まんどおたるむぬ=多かったのに、多かったものの、
なあ、何十年が間=もう、何十年もの間、
馬車ん馬乗やあん=馬車も馬乗りも、
見ちぇえなあびらんたん=見た事はありませんでした。非丁寧文は「見ちぇえんだん」。

 近頃(ちぐる)お、エイサーぬ囃子(ふぇえし)ぬ積むええん分からんなとおる若者(わかむん)ぬ達(ちゃあ)ん居(をぅ)いぎさいびいん。あい言(ゆ)る我にん、諸(むる)が諸、分かとおる訳(わき)えあいびらんしが…。兄方(しいざかた)んかい聞(ち)ちん、ちゃんとぅ、いれえゆる人(ちゅ)ん、みせいびらん。
 与勝エイサーぬばあぬ初(はじ)みぬ囃子(ふぇえし)え、必(かんな)じ、
 「ディーイーヤ、ハーイーヤ」やいびいん。
 あんし、うぬ後(あと)お、また、必じ、チョンダラー達(たあ)が指(いいび)吹ちゃびいん。
 うぬ指吹ちぬ後(あとぅ)、太鼓叩(てえくた)ちゃあ達や、太鼓打っちゃびいん。平敷屋風儀(ひいちゃふうじい)や、大概(てえげえ)や、一(ちゅ)けん、屋慶名(やきな)風儀や、大概、ニ(た)けん。
 「ヘーシ ヨーイ」んでぃぬ囃子え、「囃子よーい!」んでぃぬ積(ち)むええやいびいん。 
 「へーシ ヨーサヌ」んでぃぬ囃子え、「囃子弱さぬ」んでぃぬ積むええやいびいるばあ。

 「イーヤーサーサー、スリ、スリ、スリ、イーヤ、アッティ、エイヤー、サーサー」

 「ディーイーヤ」ぬ「ディー」や、「でぃちゃ、でぃか、りか」ぬ「でぃい」、「ハーイーヤー」ぬ「ハー」や、掛声(やぐぃい)「はい」ぬ積むええ。「スリ」や日本語ぬ「それ」とぅ同(い)ぬむのおあらんがやあんでぃち、思(うむ)やびいん。

 とお、あんし、くまんじ、我(わん)にん、分からんしえ、「イーヤーサーサー」、「アッティ」、「エイヤー」んでえ成とおいびいん。
 誰(たあ)がな、分かみせえる人ぬ居みせえらあ、習あち呉(くぃ)みせえびり。

【語句】
近頃お=近頃は、
エイサーぬ囃子ぬ積むええん=エイサーの囃子の意味が
分からんなとおる若者ぬ達ん=分からなくなっている若者も、
居いぎさいびいん=いるようです。非丁寧文は「居いぎさん」。
あい言る我にん=そういう私も
諸が諸=全部が全部
分かとおる訳えあいびらんしが…=知っているわけではないのですが。非丁寧文は「~訳えあらん」。
兄方んかい聞ちん=年配方に聞いても、
ちゃんとぅ、いれえゆる人ん、みそおらん=答えてくれる人もいらっしゃいません。「みそおらん」は対目上語。「みせえん」には単独で、「居らっしゃる、召し上がる」などの意味があるが、このごろは、「居みそおらん」と、「居」を付けて、意味を明確にする使い方が増えているようです。非対目上語は「居らん」。「居みせえいびらん」とさらに丁寧語「いびいん」を付ける言い方もありますが、丁寧語「いびいん」を付けると丁寧な言い方になっているだけで、つけなくても対象の人への尊敬の度合いは殆ど変わりません。
与勝エイサーぬばあぬ=与勝エイサーの場合の
初みぬ囃子え=初めの囃子は、
必じ=決まって
「ディーイーヤ、ハーイーヤ」やいびいん=「ティーイーヤ、ハーイーヤ」です。非丁寧文は「~やん」。
あんし=そして、
うぬ後お=その後には、
また、必じ=また、決まって、
チョンダラー達が指吹ちゃびいん=チョンダラーらがゆ指笛を鳴らします。非丁寧文は「~吹ちゅん」。
うぬ指吹ちぬ後=その指笛の後、
太鼓叩ちゃあ達や=パーランクー担当踊り手たちは、
太鼓打っちゃびいん=パーランクーを打ちます。非丁寧文は「太鼓叩ちゅん」。
平敷屋風儀や=平敷系統は、
大概や=おおむね、
一けん=1回、
屋慶名風儀や=屋慶名系統は
大概、ニけん=概ね二回。
「ヘーシ ヨーイ」んでぃぬ囃子え=「へーシ ヨーイ」という囃子は、
「囃子よーい!」=「(そこで)囃子だぞ!」、「囃子を(入れて)!」などの意味です。カチャーシーに使われる民謡で「唐船どーい」がありますが、「唐船だよ!」「唐船だぞー!」という意味です。
んでぃぬ積むええやいびいん=との意味です。非丁寧文は「~積むうやん」。
「へーシ ヨーサヌ」んでぃぬ囃子え=「ヘーシヨーサヌ」という囃子は、
「囃子弱さぬ」んでぃぬ=「囃子が弱い(ぞ)」という
積むええやいびいるばあ=意味であるわけ。非丁寧文は「積むええやるばあ」。
「ディーイーヤ」ぬ「ディー」や=「ディーイーヤ」の「ディー」は、
「でぃちゃ、でぃか、りか」ぬ「でぃい」=「さあ」の「さあ」、
「ハーイーヤー」ぬ「ハー」や=「ハーイヤー」の「ハー」は、
掛声「はい」ぬ積むええ=掛け声である「はい」の意味。
「スリ」や日本語ぬ「それ」とぅ=「スリ」は日本語の「それ」と
同ぬむのおあらんがやあんでぃち=同じものではないかと、
思やびいん=思います。非丁寧文は「思ゆん」。
とお、あんし、くまんじ=さあ、では、そこで、
我にん=私も
分からんしえ=わからないのは、
「イーヤーサーサー」、「アッティ」、「エイヤー」んでえ=「イーヤーサーサー」、「アッティ」、「エイヤー」などと、
成とおいびいん=なっています。非丁寧文は「成とおん」。
誰がな=誰か
分かみせえる人ぬ=知っている人が
居みせえらあ=居られましたら、非目上語は「居れえ」。
習あち呉みせえびり=教えてください。非対目上語は「習あち取らし」、「習あち呉り」など。「習あしんそおり、「習あち呉みそおり」でも同じ意味です。「習あちたぼり」は今では、お祈り言葉(対神様言葉)ですが、大勢の聴者に対する演説言葉などに使います(使い分けられつつあります)。勿論人に対して使っても間違いではありません。

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